諸寺に二王を立つること、重々(じゆうじゆう)の習ひこれあり。一人(ひとり)の金剛(こんがう)は口を開き、一人の金剛は口を閇(と)づ。童部(わらはべ)の説には、近江の湖(みづうみ)1)吸ひ干さむとて口を開き給へば、一人、「う」と云ひて口を閇づと。これ最下(さいげ)の法門なり。まことに童部の説なり。
高野の明遍僧都(みやうへんそうづ)の談義の時、夏のことにて、雷電おびたたしくしけり。電光(いなびかり)のことを、さしもの多聞・広学の智者知らず。「電光のこと、未だ見及ばず」と申されければ、ある愚痴の古(ふる)老僧、「あれは竜王の目(め)たたきの時の光なり」と申すに、「いみじく知り給へり。本説、何に候ふぞ」と問はれければ、「童部の説なり」と申しける。時の衆興に入りけり。
悉曇(しつだん)の習ひには、劫尽(こふじん)の時、梵王諸字を呑み失ふに、「𑖀𑖄(あう)」の二字、左右の口脇に留りて失せず。このことにつけて、密教の甚深(じんじん)の法門これあり。これを記すに及ばず。真言師は知るべし。すべ都て陰陽両部の法門の下地なり。
浅略(せんりやく)の義には、昔、千人王子、みな当作仏の記に預りて、九百九十八人の王子、劫国名号等ありけるに、末子二人、誓ひて云はく、「兄の王子、成仏して遺像(ゆいざう)の寺あるらん時、われら二人は、寺の門に立ちて、金剛の形(かたち)にて、守護として仏の化儀(けぎ)を助け奉るべし。これ経の説なり。
弘法大師2)、渡唐して、恵果大師(けいくわだいし)に種々の不審問ひ申し給ふ中に、「寺門に金剛を立つること、いかなる表示ぞや」と。答げて云はく、「仏は理なり。金剛は智なり。智より理に入る表示なり」と。めでたき法門なり。秘蔵記にこれあり。
論3)に云はく、「仏法の大海は、信をもつて入り智をもつて渡る。智なくは生死出づべからざるものなり」。智は般若(はんにや)の体(たい)、もしこれなくは、全く畜類に同じなり。人身受けたる益(やく)あらじ。般若に体用(たいゆう)あり。正体智は体なり。無心無相なり。後得智は用なり。大悲の化他の分別、俗諦の差別の法、幻化なれども、是非簡択(ぜひけんぢやく)・捨劣顕勝(しやれつけんしよう)して。生死流転(しようじるてん)の行業を捨てて、涅槃常住の業因を三業相応して、朝夕心に染めて薫習(くんじゆ)すべし。
世間の愚鈍の輩(ともがら)の菽麦(しゆくばく)をわきまへざるを、いやしきことに思へるごとく、生死涅槃の二事に分別なく厭欣(えんごん)なし。いかでか反本還源ならんや。仏法に入れる姿、世事を忘れて仏行を愛すべし。世間の才学、多聞知解(たもんちげ)、これを打ち棄てて、沙門の行儀もつともこれを愛すべし。
四十二章経に云はく、「出家の沙門は、愛を断じ、欲を棄て、内に所得無く、外に求むる所無し。云々」。この言(ことば)肝要なり。占察経(せんざつきやう)にも、「法身薫習力あり。生死の苦を厭ひ、涅槃の道を欣(ねが)ふ。これを菩薩と云ふ」と説き給へり。六趣輪廻、無明の長夜の中に、たまたま仏法に逢ひ、まして菩薩の位にのぞまむこと、誰か悦ばざらむ。無常迅速なることを思ひ、生死のこと大なることを念じて、旦暮(たんぼ)に三宝(さんぼう)の境界(きやうがい)に憑(たの)みをかけ、五道の旧居を思ひ捨てむこと、人身の思ひ出で、仏法の効験(かうげん)なるべし。このこと、弟子が本懐なり。
この物語、同法の請によりて書き始め侍り。後の形見、もつともこれを足らんぬとすべし。心あらん同法、没后(もつご)に定めて思ひ出だすべきものか。
寺ノ門ノ金剛ノ事 諸寺ニ二王ヲ立ル事重々ノ習ヒ有之一リノ金剛ハ口ヲ開キ一ノ金 剛ハ口ヲ閇ヅ童部ノ説ニハ近江ノ湖ミ吸イホサムトテ口ヲ開キ給ヘハ 一人ウト云テ口ヲ閇ツト是レ最下ノ法門也実ニ童部ノ説也高 野ノ明遍僧都ノ談義ノ時夏ノ事ニテ雷電ヲビタタシクシケリ 電光ノ事ヲサシモノ多聞広学ノ智者不知電光ノ事未ト 見及被申ケレハ或ル愚痴ノ古老僧アレハ龍王ノ目タタキノ時ノ 光也ト申ニイミシク知リ給ヘリ本説何ニ候ソト問ハレケレハ 童部ノ説也ト申ケル時ノ衆入興ニケリ ○悉曇ノ習ニハ 劫尽ノ時梵王諸字ヲ呑ミ失ニ𑖀𑖄ノ二字左右ノ口脇ニ留リテ不失セ 此ノ事ニ付テ密教ノ甚深ノ法門有之不及記スニ之ヲ真言師ハ可知/3-24l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/24
都テ陰陽両部ノ法門ノ下地也 ○浅略ノ義ニハ昔シ千人 王子皆ナ預リテ当作仏ノ記ニ九百九十八人ノ王子劫国名号等 有ケルニ末子二人誓ヒテ云ク兄ノ王子成仏シテ遺像ノ寺有ル覧 時我等二人ハ寺ノ門ニ立テ金剛ノ形ニテ守護トシテ仏ノ化儀ヲ 助ケタテマツルヘシコレ経ノ説也 ○弘法大師渡唐シテ 恵果大師ニ種々ノ不審問ヒ申シ給フ中ニ寺門ニ金剛ヲ立ル事何ル 表示ソヤト答テ云仏ハ理也金剛ハ智也智ヨリ理ニ入ル表示也ト 目出キ法門也秘蔵記ニ有リ之論ニ云仏法ノ大海ハ信ヲ以テ入リ 智ヲ以テ渡ル智ナクハ生死不可出ツ者也智ハ般若ノ体若シ無ハ 之全ク同畜類ニ也人身受ケタル益アラシ般若ニ体用アリ正体 智ハ体也無心無相也後得智ハ用也大悲ノ化他ノ分別俗諦ノ 差別ノ法幻化ナレトモ是非簡択捨劣顕勝シテ生死流転ノ/3-25r
行業ヲステテ涅槃常住ノ業因ヲ三業相応シテ朝夕心ニ染テ薫 習スヘシ世間ノ愚鈍ノ輩ノ菽麦ヲワキマヘサルヲイヤシキ事ニ思ヘル 如ク生死涅槃ノ二事ニ無分別無厭欣イカテカ反本還源哉仏 法ニ入レルスカタ世事ヲ忘レテ仏行ヲ愛スヘシ世間ノ才学多聞知 解コレヲ打チ棄テ沙門ノ行儀尤モ可シ愛ス之ヲ四十二章経ニ云出 家ノ沙門ハ断シ愛ヲ棄テ欲ヲ内ニ無所得外ニ無シ所ロ求ル云々此ノ言肝要 也占察経ニモ法身薫習有力ラ厭ヒ生死ノ苦ヲ欣フ涅槃ノ道ヲコレヲ 菩薩ト云ト説キ給ヘリ六趣輪廻無明ノ長夜ノ中ニタマタマ仏法ニ アヒマシテ菩薩ノ位ニノソマム事誰カ悦バサラム無常迅速ナル 事ヲ思生死ノ事大ナル事ヲ念シテ旦暮ニ三宝ノ境界ニ憑ミヲカケ 五道ノ旧居ヲ思ヒステム事人身ノ思出仏法ノ効験ナルヘシ此ノ 事弟子カ本懐也此ノ物語同法ノ請ニヨリテ書キ始メ侍ヘリ後ノ/3-25l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/25
形見尤モ可足ンヌト之有ン心同法没后ニ定テ可思出ス者ノ歟 雑談集巻之第五/3-26r