大和物語
同じ御門1)、月のおもしろき夜、みそかに御息所(みやすどころ)たちの御曹司(ざうし)ども見歩(あり)かせ給ひけり。御供に公忠(きんただ)2)さぶらひけり。
それに、ある御曹司より、濃き袿(うちぎ)一襲(かさね)着たる女の、いときよげなる、出で来て、いみしく泣きけり。公忠を近く召して、見せ給ひければ、髪を振りおほひて、いみじく泣く。「などて、かく泣くぞ」と言へど、いらへもせず。御門もいみじくあやしがり給ひけり。
公忠、
思ふらん心の内は知らねども泣くを見るこそ悲しかりけれ
と詠めりければ、いとになくめで給ひけり。
おなしみかと月のおもしろき夜 みそかにみやす所たちの御さうし ともみありかせたまひけり御 ともにきむたたさふらひけりそれに ある御さうしよりこきうちき一 かさねきたる女のいときよけなる/d21r
いてきていみしくなきけりきん たたをちかくめしてみせたまひ けれはかみをふりおほひていみし くなくなとてかくなくそといへと いらへもせす御かともいみしくあや しかり給けり公忠 おもふらんこころのうちはしらね ともなくをみるこそかなしかりけれ とよめりけれはいとになくめて給けり/d21l