大和物語
とし子が志賀1)に詣で来たりけるに、増喜君(ぞうきぎみ)といふ法師ありけり。それは、比叡(ひえ)に住む、院の殿上もする法師になんありける。
それ、このとし子の詣でたるに、志賀に詣で逢ひにけり。橋殿に局(つぼね)をしてゐて、よろづのこと言ひかはしけり。
今は、とし子帰りなんとしける。それに、増喜のもとより、
会ひ見ては別るることのなかりせばかつがつものは思はざらまし
返し、
いかなればかつがつものを思ふらん名残もなくぞわれは悲しき
となんありける。ことはりいと多くなんありける。
としこかしかにまうてきたりけるに/d15l
増喜きみといふ法師ありけりそれは ひえにすむゐんのてんしやうもする 法師になんありけるそれこのとしこの まうてたるにしかにまうてあひに けりはしとのにつほねをしてゐて よろつのこといひかはしけりいまは としこかへりなんとしけるそれにそ うきのもとより あひみてはわかるることのなかりせは かつかつものはおもはさらまし かへし/d16r
いかなれはかつかつものをおもふらん なこりもなくそ我はかなしき となんありけることはりいとおほく なんありける/d16l