大和物語
三条の右の大臣(おとど)1)の、中将にいまそかりける時、祭2)の使(つかひ)にさされて、出で給ひける。
通ひ給ひける女の、絶えて久しくなりにけるに、「かかることなん出で立つ。扇持たるべかりけるを、騒がしくてなん忘れにける。一つ給へ」と言ひやり給へりけり。よしある女なりければ、「よくておこせてん」と思ひけるに、色などもいと清らかなる扇の、香(か)などいとかうばしくて、おこせ たりけり。引き返したる裏の、端の方(かた)に書きたりける、
ゆゆしとて忌むとも今はかひもあらじ憂きをばこれに思ひそめてん
とあるを見て、「いとあはれ」と思して、返し、
ゆゆしとて忌みけるものをわがために無しと言はぬは誰(た)がつらきなり
延喜八年二月二日右近中将元年四月参議兼卅七 三条の右のおととの中将にいまそかり けるときまつりのつかひにさされて いてたまひけるかよひ給けるをんなの/d44l
たえてひさしくなりにけるにかか ることなんいてたつあふきもたる へかりけるをさはかしくてなん わすれにける一給へといひやり給えり けりよしある女なりけれはよく ておこせてんとおもひけるにいろ なともいときよらかなるあふき のかなといとかうはしくておこせ たりけりひきかへしたるうら のはしのかたにかきたりける ゆゆしとていむともいまはかひも/d45r
あらしうきをはこれにおもひそめてん とあるをみていとあはれとおほして かへし ゆゆしとていみけるものをわか ためになしといはぬはたかつらきなり/d45l