大和物語
同じ兼盛1)、陸奥(みち)の国にて、閑院の三の皇子(みこ)2)の御むすこにありける人、黒塚といふ所に住みけり。そのむすめどもに、おこせたりける、
陸奥(みちのく)の安達(あだち)の原の黒塚に鬼こもれりと聞くはまことか
と言ひたりけり。
かくて、「そのむすめを見む」と言ひければ、親3)、「まだ、いと若くなんある。今さるべからん折に」と言ひければ、「京に行く」とて、山吹に付けて、
花盛り過ぎもやすると蛙(かはづ)鳴く井手の山吹うしろめたしも
と言ひけり。
かくて、「名取の御湯(みゆ)」といふことを、恒忠の君の妻(め)、詠みたるといふなん、この黒塚のあるじなりけり。
大空の雲の通ひ路(ぢ)見てしがなとりのみゆけばあとはかもなし
となむ詠みたりけるを、兼盛の王(おほきみ)、聞きてとふところを、
塩竈(しほがま)の浦には海人や絶えにけんなどすなどりの見ゆるときなき
となん詠みける。
さて、この心かけしむすめ、こと男して、京に上りたりければ、聞きて、兼盛、「上りものし給ふなるを、告げ給はせで」と言ひたりければ、「井手の山吹4)うしろめたしも」と言へりける文(ふみ)を、「これなん、陸奥(みちのく)のつと」とて、おこせたりければ、男、
年を経て濡れわたりつる衣手(ころもで)を今日の涙に朽ちやしぬらん
と言へりけり。
四品貞之親王清和第三母参議右兵衛督藤仲統女 散位従五位下源兼信 同かねもりみちのくににて閑院の三の 御この御むすこにありけるひとくろ つかといふところにすみけりそのむ すめともにおこせたりける みちのくのあたちのはらのくろ つかにおにこもれりときくはまことか といひたりけりかくてそのむすめ をみむといひけれは□やまたいとわかく/d28r
なんあるいまさるへからんをりにと いひけれは京にいくとてやまふきに つけて はなさかりすきもやするとかはつ なくいてのやまふきうしろめたしも といひけりかくてなとりのみゆといふ ことをつねたたのきみのめよみたる といふなんこのくろつかのあるし なりけり おほそらの雲のかよひちみてし かなとりのみゆけはあとはかもなし/d28l
となむよみたりけるを兼盛のおほ君 ききてとふところを しほかまのうらにはあまやたえに けんなとすなとりのみゆるときなき となんよみけるさてこのこころかけしむす めことをとこして京にのほりたりけ れはききて兼盛のほり物し給なるを つけ給はせてといひたりけれはゐての やふきうしろめたしもといえりける ふみをこれなんみちのくのつととてを こせたりけれはおとこ/d29r
としをへてぬれわたりつるころも てをけふのなみたにくちやしぬらん といえりけり/d29l