徒然草
鎌倉中書王1)にて、御鞠ありけるに、雨降りて後、いまだ庭の乾かざりければ、「いかがせん」と沙汰ありけるに、佐々木隠岐入道2)、鋸のくづを車に積みて、多く奉りたりければ、一庭(ひとには)に敷かれて、泥土の煩ひなかりけり。「取り溜めけん用意ありがたし」と、人、感じあへりけり。
このことをある者の語り出でたりしに、吉田中納言の、「乾き砂子(すなご)の用意やはなかりける」と、のたまひたりしかば、恥づかしかりき。
「いみじ」と思ひける鋸のくづ、賤しく異様(ことやう)のことなり。庭の儀を奉行する人、乾き砂子をまうくるは、故実なりとぞ。
鎌倉中書王にて。御鞠ありけるに。雨ふり て後。いまだ庭のかはかざりければ。いかが せんと沙汰有けるに。佐々木隠岐入道。 鋸のくづを車につみて。おほく奉り たりければ。一庭に敷れて。泥土のわづらひ なかりけり。とりためけん用意ありがた しと人感じあへりけり。此事をある もののかたり出たりしに。吉田中納言 の。かはきすなごのよういやはなかりけると のたまひたりしかば。はづかしかりき。いみじと/k2-34r
おもひける鋸のくづ。賤くことやうの事 也。庭の儀を奉行する人。かはきす なごをまうくるは。故実なりとぞ/k2-34l
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