醒睡笑 巻4 いやな批判
山深く住む者、一人連れだち国中(くになか)に出でけり。振舞ひの膳部(ぜんぶ)に、螺(にし)の壺煎(つぼいり)を添ゆる。「珍しき物かな」とて、二人ながら、かの螺殻(にしがら)を懐中して帰りぬ。
一人は、「『へふぐり1)』といふ物」と、一人は、「『まどひき』といふ物」と争ひ、「峠(たうげ)の若大夫こそ、かかる物をば見知らんず」とて、さし出だしたれば、よく見しりたる顔に、造作(ざうさ)もなく、「『へふぐり』でも『まどひき』でもなし。『にかはづけ』といふ物候よ2)。
一 山ふかくすむ者一人つれたち国中に出けり 振舞(ふるまい)の膳部(ぜんぶ)ににしのつほいりをそゆるめづ らしき物かなとてふたりなからかのにしからを/n4-28l
懐中(くわいちう)してかへりぬ一人はへふりといふ物と 一人はまどひきといふ物とあらそひとうげの 若大夫こそかかる物をは見しらんすとてさし 出したれはよく見しりたるかほに造作(さうさ)もなく へふぐりてもまとひきてもなしにかはつけと いふ物いよ/n4-29r