無名抄
歌をいたくつくろへば必劣事
覚盛法師のいはく、「歌は、荒々しく、止めもあはぬやうなる、一つの姿なり。それをあまり細工(さいく)みて、とかくすれば、果てにはまれまれ物めかしかりつる所さへ失せて、何にてもなき小物(こもの)になるなり」と申し、「さも」と聞こゆ。
季経卿歌に
年を経て返しもやらぬ小山田は種貸す人もあらじとぞ思ふ
この歌、艶なるかたこそ無けれど、一節(ひとふし)いひて、さる体の歌とみ給へしを、年経て後、彼の集の中に侍るを見れば、
賤(しづ)の男(を)が返しもやらぬ小山田にさのみはいかが種を貸すべき
これは直されたりけるにや。いみじうけ劣りて思え侍るなり。よくよく心すべきことにこそ。
哥ヲイタクツクロヘハ必劣事 覚盛法師の云哥はあらあらしくとめもあはぬやう なるひとつのすかた也それをあまりさいくみて とかくすれははてにはまれまれ物めかしかりつる 所さへうせてなににてもなきこものになるなりと/e38r
申しさもときこゆ 季経卿哥に としをへてかへしもやらぬおやまたは たねかす人もあらしとそおもふ この哥ゑんなるかたこそなけれとひとふしいひて さる体の哥とみ給へしをとしへてのち彼集の なかに侍をみれは しつのをかかへしもやらぬをやまたに さのみはいかかたねをかすへき これはなをされたりけるにやいみしうけをとり/e38l
ておほえ侍也よくよく心すへきことにこそ/e39r