蒙求和歌
辺韶経笥
後漢の辺韶、字(あざな)は孝先といふ。数百人の弟子に文道を教へ授けけり。
昔、昼寝をしたりけるに、弟子、嘲(あざけ)りていはく、「辺孝先、腹は便々として、書を読むに懶(ものう)し。ただ、昼眠らむと欲す」と言へりけり。
辺韶、聞きて、答へていはく、「辺をは姓とす、先をば字とす。腹の便々たるに、五経の笥なり。ただ眠(ねぶ)りを欲するは、経のことを思ふなり。昼寝(い)ねては、周公と夢を通じ、静かにしては孔子と心を同じくす。師をして嘲るべきことは、いづれの典記にか出でたる」と言へりければ、嘲る者、おほきに恥ぢけり。
玉櫛笥(たまくしげ)あけくれ眠(ねぶ)る名のみして心はのりてさめぬものをや
辺韶経笥 後漢の辺韶字は孝先といふ/数百人の弟子に文道ををしへさつけ けりむかしひるねをしたりけるに弟子あさけりて云く辺孝 先腹は便々として書をよむにものうしたたひる欲(すと)眠(らむと)いへりけり 辺韶ききてこたへていはく辺をは姓とす先をはあさなとす腹の 便々たるに五経の笥なりたたねふりを欲するは経のことを思なり ひるいねては周公とゆめを通ししつかにしては孔子と心ををなしくす 師をしてあさけるへきことはいつれの典記にかいてたるといへ/d2-50l
りけれはあさけるものをほきにはちけり たまくしけあけくれねふるなのみして心はのりてさめぬものをや/d2-51r