十訓抄 第三 人倫を侮らざる事
権漏刻博士季親1)といふ者ありけり。周易博士にて、その道、世におぼえありけれど、風月の方、殊(こと)なる聞こえなかりけり。
ある文亭の連句の座に臨みたりけるに、沈淪したりけるを、その中にむねとの儒者ありけるが、これを侮(あなづ)りたりけるにや、
閉口後来客
と上句を言ひたりければ、季親、
含陰先達儒
とぞ付けたりける。
にがりて言ふことなかりけり。
権漏尅博士季親ト云者有ケリ、周易博士ニテ 其道ヨニオホエ有ケレト、風月ノ方コトナル聞エナカ リケリ、或文亭ノ連句ノ座ニノソミタリケルニ沈淪 シタリケルヲ、其中ニ宗トノ儒者有ケルカ、是ヲアナ ツリタリケルニヤ、閉口後来客ト上句ヲ云タリケレ ハ、季親含陰先達儒トソ付タリケルニカリテ云 事ナカリケリ、/k122