十訓抄 第三 人倫を侮らざる事
匡房卿1)、若かりける時、蔵人にて、内裏によろぼひ歩(あり)きけるを、さる博士なれば、女房たち、侮(あなづ)りて、御簾のきはに呼び寄せて、「これ弾き給へ」とて、和琴を押し出だしたりければ、匡房、とりもあへず、
逢坂の関のあなたもまた見ねばあづまのことも知られざりけり
女房たち、返しえせで、やみにけり。
和琴をば、「あづまの琴」といふなり。
匡房卿ワカカリケル時、蔵人ニテ内裏ニヨロホヒアリ キケルヲ、サル博士ナレハ、女房達アナツリテ、御スノ キハニヨヒヨセテ、是ヒキタマヘトテ和琴ヲヲシ出シタ リケレハ、匡房トリモアヘス、 相坂ノセキノアナタモマタミネハ、アツマノコトモ知レサリケリ、 女房達返シエセテヤミニケリ、和琴ヲハ、アツマノコトト 云也、/k114