今物語
ある殿上人、さるべき所へ参りたりけるに、折しも雪降りて、月おぼろなりけるに、中門の板に候ひて、寝殿なる女房にあひしらひけるが、「このおぼろ月は、いかがしく1)べき」と言ひたりければ、女房、返事はなくて、とりあへず内より畳を押し出だしたりける心早さ、いみじかりけり。
照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしく物ぞなき
ある殿上人さるへき所へまいりたりけるにおりしも雪 ふりて月おほろなりけるに中門のいたに候て寝殿 なる女房にあひしらひけるかこのおほろ月はいかかしく へきといひたりけれは女房返事はなくてとりあへすう ちよりたたみををしいたしたりける心はやさいみしかりけり 照もせすくもりもはてぬ春のよのおほろ月夜にしく物そなき/s6l