平中物語
また、この男、もののたよりに、いとさだかにはあらず、なまほきたるものから、さすがに文(ふみ)は取り伝へつべき人を頼りにて、上達部めきたる人の娘、呼ばひけるを、「もし、いかならむ」と思ひつつ見けるを、男、「うれし」と思ひて、言ひかはしけること、二度三度(ふたたびみたび)ばかりして、のちのちはせざりければ、
身を燃やすことぞわりなきすくも火の煙(けぶり)も雲となるを頼みて
とあれど、さらに返しなし。
されば、かの男、文伝へける人に会ひて、「いかなる事を聞こし召したる1)にかあらむ」など言ひければ、「なでうことにもあらじ。守りかしづき奉り給へば」と言ひければ、「さもこそはあらめ」と思ひて、「さらば、よき折々に奉らせ給へ」。さて、文に思ひけることどもの限り、多う書きて取らせたりければ、「させむ」とて、持て行きけれど、また、その返り事もせざりければ、男、また言ひやる。
掃き捨つる庭の屑(くづ)とや積るらむ見る人もなきわが言の葉は
と言ひやれど、返り事もせざりければ、また、
秋風のうち吹き返す葛(くず)の葉のうらみてもなほ恨めしきかな
かくのみ言へど、返り事さらにせず。
あやしさに、「いかなるぞ。さだかなる便りのなきか」とて、求めける。この文伝ふる人は、もとより、少しほきたるやうに思えければ、さかうも言はで、ねんごろに心に入れて尋ねければ、「いと、ものはかなき便りにつけて、ありしことななり。その人は、さだかにも知らじ。おのらも見しかば、はじめわたりの返り事はすめりし。その人の、ものへいましぬめりしかば、心には思ひながら、えせぬぞ。みづからは手もいと悪し。歌、はた知らず。あたらことどもを」とぞ言ひける。
いやしからぬ人も、さるものにこそはありけれ。
さて、いふかひなく聞きなして、やみにける。のちに聞きければ、いたつきもなく、人の家刀自にぞなりにける。
はす又このおとこもののたよりにいとさた かにはあらすなまほきたるものからさすか にふみはとりつたへつへき人をたよりにて 上達部めきたる人のむすめよはひけるを もしいかならむとおもひつつみけるをおとこ うれしとおもひていひかはしける事ふたた ひみたひはかりしてのちのちはせさりけれは みをもやすことそわりなきすくもひ のけふりもくもとなるをたのみて とあれとさらにかへしなしされはかの男 ふみつたへける人にあひていかなる事をき/24オ
しめしたるにかあらむなといひけれはな てうことにもあらしまもりかしつきたて まつりたまへはといひけれはさもこそは あらめとおもひてさらはよきをりをりに たてまつらせたまへさてふみにおもひける事 とものかきりおほうかきてとらせたりけれ はさせんとてもていきけれと又そのかへり事 もせさりけれはおとこ又いひやる はきすつるにはのくつとやつもるらむ 見る人もなきわかことのはは といひやれとかへり事もせさりけれは又/24ウ
あきかせのうちふきかへすくすのはの うらみてもなをうらめしきかな かくのみいへとかへり事さらにせすあやし さにいかなるそさたかなるたよりのなきかと てもとめけるこのふみつたふる人はもとより すこしほきたるやうにおほえけれはさかう もいはてねんころに心にいれてたつねけれは いとものはかなきたよりにつけてありし 事ななりその人はさたかにもしらしおの らも見しかははしめわたりのかへり事は すめりしその人のものへいましぬめりしかは/25オ
心にはおもひなからえせぬそ身つからはても いとあしうたはたしらすあたら事ともを とそいひけるいやしからぬ人もさる物にこそは ありけれさていふかひなくききなして やみにけるのちにききけれはいたつきも なく人のいゑとうしにそなりにける又この/25ウ