平中物語
また、この男、久しう1)もの言ひわたる人ありけり。「ほど経ぬるを、みづから行かむ」といへば、返り事に、女。
会ふことの遠江(とほたあふみ)なるわれなれば勿来(なこそ)の関も道の間ぞなき
男、返し。
勿来(なこそ)てふ関をばすゑで会ふことを近江(ちかたふみ)にも君はなさなむ
かう言へど、この女、さらに会はず。上衆(じやうず)めきければ、男、言ひわびて、ものも言はざりぬれば、いかが思ひけむ、女、言ひたり。
思ひあつみ袖こがらしの森なれや頼む言の葉もろく散るらむ
返し。
君恋ふとわれこそ胸はこがらしの森ともわぶれ陰(かげ)となりつつ
とよみけりいまかたへの人々もよみけりまた/20ウ
このおとこひさうしものいひわたる人あり けりほとへぬるを身つからいかむといへはかへりこ とに女 あふことのとおたあふみなる我なれは なこそのせきもみちのまそなき をとこかへし なこそてふせきをはすへてあふこと おちかたう身にもきみはなさなん かういえとこの女さらにあはす上すめきけれは おとこいひわひてものもいはさりぬれはいかか 思ひけん女いひたり/21オ
おもひあつみそてこからしのもりなれ やたのんことの葉もろくちるらん かへし きみこふとわれこそむねはこからしのも りともわふれかけとなりつつ/21ウ