古今著聞集 魚虫禽獣第三十
保延のころ、宰相中将なりける人の乳母、猫を飼ひけり。その猫高さ一尺、力の強くて綱を切りければ、繋ぐこともなくて、放ち飼ひけり。十歳に余りける時、夜に入りて見ければ、背中に光あり。
かの乳母、常にこの猫に向ひて、「なんぢ死なん時、われに見ゆべからず」と教へければ、いかなるゆゑにか、おぼつかなきことなり、十七になりける年、行方知らず失せにけり。
保延の比宰相中将なりける人の乳母猫をかひけり 其猫たかさ一尺力のつよくて綱をきりけれはつなく こともなくてはなち飼けり十歳にあまりける時夜 に入てみけれはせなかに光あり彼乳母つねに此猫に/s536r
向て汝しなん時われにみゆへからすとをしへけれは いかなるゆへにかおほつかなき事なり十七に成ける 年行方しらすうせにけり/s536l