古今著聞集 宿執第二十三
仁平三年のころより、孝博入道1)、重病を受けたりけるに、次の年の二月十一日に、妙音院入道殿2)、宰相中将にておはしましけるが、とぶらひのためにかの家にわたらせ給ひたりけるに、孝博、病をたすけて起き上がりて、「楽を承らば、苦痛しばらく3)休みぬべし」と申したりければ、伶人(れいじん)を召して管絃ありけり。
妙音院殿は琵琶を弾じ給ひけり。孝博、「心神安楽なり」とぞ申しける。やや久しくありて、妙音院殿は帰らせ給ひにけり。あはれにやさしかりける4)御わたりなり。
孝博、老後に重病を受けて、念仏などをこそ申すべきに、宿執に引かれて、楽を聞きたがりけるこそ、あはれに侍れ。
仁平三年の比より孝博入道重病をうけたりける に次のとしの二月十一日に妙音院入道殿宰相中将 にておはしましけるかとふらひのために彼家にわた らせたまひたりけるに孝博病をたすけてを きあかりて楽をうけたまはらは苦痛しはしく休 ぬへしと申たりけれは伶人をめして管絃あ りけり妙音院殿は琵琶を弾し給けり孝博心神 安楽なりとそ申けるやや久しくありて妙音院殿 はかへらせ給にけりあはれにやうしかりける御わたり/s391r
なり孝博老後に重病をうけて念仏なとを こそ申へきに宿執にひかれて楽をききたか りけるこそあはれに侍れ/s391l