古今著聞集 和歌第六
同じ式部1)が娘(むすめ)小式部内侍、この世ならずわづらひけり。かぎりになりて、人の顔なとも見知らぬほどになりて臥したりければ、和泉式部、傍らに添ひ居て、額(ひたひ)をおさへて泣きけるに、目をはつかに見上げて、母が顔をつくづくと見て、息の下に、
いかにせむ行くべき方もおもほえず親に先立つ道を知らねば
と弱り果てたる声にて言ひければ、天井の上に、あくびさしてやあらんと覚ゆる声にて、「あらあはれ2)」と言ひてけり。さて、身のあたたかさも冷めて、よろしくなりてけり。
同式部かむすめ小式部内侍この世ならすわつらひけり限に なりて人のかほなとも見しらぬ程に成てふしたりけれは 和泉式部かたはらにそひゐてひたいをおさへて泣けるに 目をはつかに見あけて母か顔をつくつくとみていきのしたに/s129r
いかにせむ行へきかたもおもほえす親にさきたつみちをしらねは とよはりはてたるこゑにていひけれは天井のうへにあくひさし てやあらんとおほゆるこゑにてあらはれといひてけりさて 身のあたたかさもさめてよろしくなりてけり/s129l