====== 蘇州でむりやり船に乗せられた話 ====== 中国自転車旅行が終わって、Tさん(2000年の自転車旅行に登場)とAくん(新人)が上海へ、僕が出発地杭州へ別れることになったときのことである。場所は蘇州。 さて、僕はTがチケットを取ってくれて、長距離バスで杭州まで帰るものだと思っていた。ところがTは得意技の悪魔の宣言(2000年中国自転車旅行の日記参照)をする。 「中川君。運河が見たいって言ってたよね。船でいけば?」 そう、今回の旅の最初の目的は、前回、北京から鎮江までたどった、京杭運河のつづきを見ることだった。しかし、予定どおり事が運ばず、まったくちがったコースになってしまったのだ。 たしかに蘇州から杭州までの船はある。料金もそれほど高くはない。しかし、バスで行けば数時間だが、船でいくと14時間もかかるのだ。僕はお遍路の時のフェリーを思い出していた。 フェリーは雑魚寝が基本である。何十人もが同じ船室になる。お遍路のときは18時間。当然、お友達ができたりする。それはそれで楽しいのだが・・・。 しかし、ここは中国。まわりは当然中国人だ。彼らが話し掛けてこないはずがない。僕は中国語がしゃべれないが、なにしろ14時間の長旅だ。下手をすれば一日中、彼らの大好きなトランプに付き合わされることになるだろう。 知っている限りの中国語と、筆談で会話するのは面白いのだが、14時間では精神的にもたない。 Tさんは続けて、 「バスですぐ行けるのに、わざわざ船が出ているんだから観光船だよ。船室もいいと思うよ」 たしかに、言われてみればそんな気もする。『地球の歩き方』にも「フェリー乗り場」と書いてある。フェリー乗り場なら船はフェリーだろう。船室は二人部屋と四人部屋らしい。だが、一抹の不安は隠せない。そこで、杭州在住の留学生Kさんに電話してみる。 「なんかいい船らしいよ~。観光船でしょう。船着き場も町の中心だし、町外れに着くバスより安心だよ」 たしかに、町外れのバス駅から、バスに乗りかえるのは面倒だ。タクシーだと金もかかるし。喋るのがめんどうなら、デッキで酒でもかっくらっていればいいだろう。と、安易に考えて杭州まで船で行くことを決心した。 そして次の日・・・ 午前中船のチケットを買って、蘇州を観光。65元の4人部屋にした。二番目に安い客室である。ここまでくれば、安い部屋の方が面白い。それに、 二人部屋でルームメイトがホモだったら・・・ などと、余計な考えが浮かび、4人部屋の方が安全だとおもったからだ。 さて夕方6時、出港の時間が近づき、僕とTは船付き場へ向かった。そこにあったのは・・・。 右が滄浪号。どう見ても漁船を改造したようにしか見えない。 中川「えーーーーーこれに乗るのーーーーー」 Tさん「中国の船なんてこんなもんだよ。大丈夫、大丈夫・・・・」 Tさんの顔は心なしかひきつっている。大丈夫もなにも、ここまで来たら乗るしかない。 船というものは普通、横につけるものだ。ところがこの船は何故か船首を岸につけている。船首に入り口があるのかと思いきや、入り口は横だ。つまり、船首からデッキを伝って船に乗るのである。もちろん自動車はおろか自転車さえ乗せられない。 船首を接岸している理由はすぐにわかった。なんと、この船はまるで列車のように三隻を連結して進むのである。ちなみに僕の乗る船「滄浪号」は先頭だった。 こんなのはフェリーとは言わん! 船もひどいが、客室はもっとひどい。ゴザがひいてある二段ベッドなのだが、足の方に余裕があるにもかかわらず、足首から先がベッドから出てしまう。まるで、エビのように丸くならなければ寝られない。 僕は幸いベッドの下段だったが、上段へ上がるのにハシゴがない。よじのぼれということらしい。さらに、エアコンはかたむいていて、どう見ても壊れているのだが、部屋は涼しいのでちゃんと動いているらしい。 Tは売店があるなどといっていたが、もちろんそんなものはない。レストランはあった。10人入れば一杯になっちゃうようなのが・・・。 4人部屋のルームメイトはおばさん4人組みだった。とりあえず挨拶。 「にいはお~」 「にいはお~×○△!!!!?」 挨拶の後はまったく聞き取れない。勉強していないからあたりまえだが、こんなとき聞かれることは万国共通だ。どこから来て、どこへいくのかである。知っている限りの中国語と筆談でコミュニケーション。 それから1時間ほどして、客室を一人の男が訪れた。どうやら船の乗務員らしい。三人のおばさんと何やらしゃべったあと、僕の方へも来た。 「×○△○△△△?」 どうもメシのことらしい。とりあえず、夕食は食べてきたので 「いらん」 といったが、まだ何か話し掛けてくる。 「明日7時○△△△・・・」明日は7時に着くというのは知っている。だから、 「分かった」と答えると、さらに 「×○△○△△△?」こうなってくると、もう分からない。何が言いたいのだ。すると男は、紙を出した。そこには豆醤だの炒飯だのかいてある。どうも朝食のことらしい。とりあえず「いる」と答えておくとさらに、 「×○△○△△△」 もうこうなったら筆談しかない、ボールペンとメモ帳を渡すと、何やら書いてくれた。ところが、 読めん! 読めないのだ。というのも、中国は簡体字といって、画数を少なくした漢字をつかっている。それは読めるのだが、このオヤジ、それをさらに崩して書くものだから、さっぱり読めない。同室のおばさんに楷書になおしてもらう。 まさか、漢字の通訳をしてもらうことになるとはおもわなかった。 実は簡単なこと、オヤジは朝飯代10元を請求していたのだ。「10元よこせ」といえば分かるのに、7時に着くだの、メニューはなになにで、などとよけいなことをいうから分からないのだ。 僕はいささか疲れたので、寝ることにした。 10時ごろ、なにやら横揺れするので目が覚めた。 普通、船というのは縦にゆれるものだ。この船は川船のせいかそういう船独特の揺れはなかったが、どういうわけか、1時間に2回ほど、ぴくぴくと横にゆれる。 ともかく目が覚めてしまったので、デッキ(といっても幅50センチぐらいの廊下だ)に出て煙草を吸う。もちろん、みんな寝てしまっているので、誰もいない。 しばらく外を見ていると、夜中にもかかわらず、たくさんの船が往来している。深夜の首都高のようなものだ。当然私たちの船を追い越していくものもある。 すると向こうから一隻の船が来た。運河の幅はひろいので、余裕ですれ違うことができる。ところが、今度は私たちの船の後ろから、猛スピードで追い越していこうとする暴走船。いってみれば2車線の道路で対向車が来ているのに、追い越しをかけるようなものだ。 「こんなところを抜けていくのだからたいしたもんだな~」 と思ってみていると・・・・・、後ろから来た船はどんどんこっちへ向かってくるではないか。デッキの手すりにしがみつく僕。 ばちーーーーーーん、ききー☆☆☆☆☆ 暴走船は、火花をちらしてぶち当たって去っていった。 謎の横揺れは船がぶつかった衝撃だったのだ。生きた心地がしなかった。 翌朝、船着き場で僕を待っていた、Kさんの言葉。 「ごめ~ん、あんな船だとは思わなかったよ~」 観光船だっていってたじゃないか~ 帰国してからの、Tさんの言葉。 「いやーあの船をみたときは、びっくりしたなあ。よくあんなのに乗ったね」 お前が乗せたんだろ~! 僕はいつかこの二人に意趣返ししてやろうと心に誓った。 [[suzhou|<前へ]] [[cnbike2|目次へ]]