世継物語 ====== 第46話 嵯峨の御門の御時に、内裏に札を立てたりけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、嵯峨の御門の御時に、内裏に札を立てたりけるに、無ぜんあく((傍注「あくぜん歟」。宇治拾遺物語「無悪善」))と書きたりけるを、御門、篁に「読め」と仰せられければ、「読みには読み候ひなん。されど、恐り候らふ上は、え申し候らはじ」と申しけれど、「篁申せ」と、たびたび仰せられければ、「さがなくばよけん」と読みたるに、「これは己れはなちては、誰が書かん」とて、科(とが)に行なはるべきになりにけり。篁、「さればこそ」と申す。 その時に御門、「何も書きたらん物は読みてんや」と仰せられければ、「読み候らひなん」と申しければ、片仮名(かたかんな)のね文字((変体仮名「子」))を十二書きて、「読め」と仰せられければ、「ねこのこのこねこ、ししのこのこじし((猫の子の子猫、獅子の子の子獅子))」と読みて参らせたりければ、御門ほう笑ませ給ひて、事も当たらで止みにけりとぞ。 また、何事にてやらん、隠岐国へ流されてまかりけるに、   わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬと人には告げよ海人の釣り舟 ===== 翻刻 ===== いまは昔さかの御門の御時に内裏に札をたてたりける に無せんあく(あくせん歟)とかきたりけるを御門たかむらによめと 仰られけれはよみにはよみさふらひなんされとおそ/24ウ りさふらふうへはえ申さふらはしと申けれと篁申せと たひたひ仰られけれはさかなくはよけんとよみたるに 是はをのれはなちてはたれかかかんとてとかにおこな はるへきに成にけりたかむらされはこそと申其時 に御門なにもかきたらん物はよみてんやとおほせら れけれはよみさふらひなんと申けれはかたかんなの ねもしを十二かきてよめと仰られけれはねこのこの こねこししのこのこししとよみてまいらせたりけれは 御門ほうゑませ給てこともあたらてやみにけりとそ 又何事にてやらん隠岐国へなかされてまかりけるに/25オ わたの原やそ島かけて漕出ぬと人にはつけよあまの釣舟/25ウ