世継物語 ====== 第36話 相坂のあなたに関寺といふ所に牛仏現れ給ひて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、相坂のあなたに、関寺といふ所に、牛仏現れ給ひて、よろづの人参り見奉りけり。 大なる堂を立てて、弥勒を作り据ゑ奉りける。それえもいはぬ大木ども、ただこの牛一つして運ぶわざをなんしける。繋がねど、行きたる事もせず、さやかに見目もをかしげにて、例の牛の心ざまにも似ざりけり。 入道殿をはじめ参らせて、世の中におはしある人の参らぬはなかりけり。御門、東宮ぞおはしまさざりける。 この牛、悩ましげにおはしければ、「うせ給ふべきか」とて、いよいよ参り来ん。聖は御映像を描かせんと急ぎけり。西の京に、いと貴く行ふ聖の夢に見えける。「生仏(せうぶつ)、たうに涅槃の刻なり。智僧(ちさう)、とく結縁せよ(([[text:kohon:kohon050|古本説話集50話]]「かせう仏道にねはんのそむ也ちさたうとくけちえんせよ」))」こそ、見えたりければ、いとど人参りける。歌詠む人もありけり。 和泉式部   聞しより声ぞ心をかけながらまた((底本「又」))こそ越えね逢坂の関 ===== 翻刻 ===== 今は昔相坂のあなたに関寺と云所に牛仏あらはれ給て よろつの人参り見たてまつりけり大なる堂を立 てみろくを作すへ奉りけるそれえもいはぬ大木と もたた此牛一してはこふわさをなんしけるつなかねと いきたる事もせすさやかに見めもおかしけにてれいの 牛の心さまにもにさりけり入道殿をはしめまいらせ て世の中におはしある人のまいらぬはなかりけり御門 東宮そおはしまささりける此牛なやましけにおは しけれはうせ給へきかとていよいよ参りこんひしりは 御えいさうをかかせんといそきけり西の京にいとたうとく/20オ おこなうひしりの夢に見えけるせう仏たうにねはん のこくなりちさうとくけちえんせよこそ見えたりけれ はいとと人参りける哥よむ人もありけり和泉式部 聞しより声そ心をかけなから又こそこえねあふ坂の関/20ウ