世継物語 ====== 第29話 越前守為時とて才ある世にやさしかりける人は紫式部が親なり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 今は昔、越前守為時とて、才(さえ)ある世にやさしかりける人は、紫式部が親なり。為時が源氏は作りたるなり。細かなる事どもをむすめには、書かせたりけるとぞ。前斎院の宮、この事聞こし召して、むすめを召し出たりける。 初めて参りける夜、内の御前、関白殿など、「いかなる事をかせさせ給ふべき」など申させ給ひて、殿の申させ給ひたる、「ただ、今夜、見えさせ給ふべきぞ」と申させ給ひければ、やがてその夜、さし向ひ見えさせ給ひけり。 「世にめづらしく、めでたき事」と言ひののしりけり。式部がありさま、かかるめでたき事ども作り出だしたる人ともおぼえず、裳から衣着たる姿、様体(やうだい)、もてなしなど、いとあやしう心もとなげにてぞ侍りける。 この、源氏作りたる事、さまざまに申し伝へたり。「参りて後に作りたり」とも申す。いづれがまことならん。 ===== 翻刻 ===== 今は昔越前守為時とてさえある世にやさしかりけ る人は紫式部か親也為時か源氏は作たる也こまかなる/16オ 事共をむすめにはかかせたりけるとそ前斎院の宮こ の事聞召てむすめをめし出たりける初て参ける夜内 の御前関白殿なといかなる事をかせさせ給へきなと 申させ給て殿の申させ給たるたた今夜見えさせ給 へきそと申させ給けれはやかて其夜さしむかひみ えさせ給けり世にめつらしくめてたき事といひののし りけり式部か有様かかるめてたき事とも作いたした る人ともおほえす裳から衣きたるすかたやう体もて なしなといとあやしう心もとなけにてそ侍ける此 源氏作たる事さまさまに申し伝たり参て後に作たり/16ウ とも申いつれかまことならん/17オ