宇治拾遺物語 ====== 第181話(巻14・第7話)北面の女雑使、六の事 ====== **北面女雑使六事** **北面の女雑使、六の事** ===== 校訂本文 ===== これも今は昔、白河院((白河天皇))の御時、北面(きたおもて)の雑仕(ざふし)に、うるせき女ありけり。名をば六とぞいひける。殿上人ども、もてなし興じけるに、雨うちそぼ降りて、つれづれなりける日、ある人、「六呼びて、つれづれなぐさめん」とて、使をやりて、「六呼びて来(こ)」と言ひけるに、ほどもなく、「六召して参りて候ふ」と言ひければ、「あなたより、内の出居(でゐ)の方へ具して来」と言ひければ、侍(さぶらひ)出で来て、「こなたへ参り給へ」と言へば、「便(びん)なく候ふ」など言へば、侍帰り来て、「召し候へば、『便なく候ふ』と申して、恐れ申し候ふなり」と言へば、「つきみて言ふにこそ」と思ひて、「などかくは言ふぞ。『ただ来(こ)』と言へ」と言へども、「僻事(ひがごと)にてこそ候ふらめ。先々も内・御出居などへ参ることも候はぬに」と言ひければ、この多くゐたる人々、「ただ参り給へ。やうぞあるらん」と責めければ、「ずちなき恐れに候へども、召しにて候へば」とて参る。 この主(あるじ)、見やりたれば、刑部禄(ぎやうぶのろく)といふ庁官、鬢(びん)・髭(ひげ)に白髪まじりたるが、木賊(とくさ)の狩衣に、襖袴(あをばかま)着たるが、いとことうるはしく、さやさやと鳴りて、扇を笏に取りて、少しうつぶして、うずくまりゐたり。おほかた、いかに言ふべしとも思えず、ものも言はれねば、この庁官、いよいよ恐れかしこまりて、うつぶしたり。 主、さてあるべきならねば、「やや、庁にはまた何者か候ふ」と言へば、「それがし、かれがし」と言ふ。いと、げにげにしくも思えずして、庁官、後ろざまへすべり行く。この主、「かう宮仕へをするこそ神妙(しんべう)なれ。見参には必ず入れんずるぞ。とうまかりね」とてこそやりてけれ。 この六、後に聞きて笑ひけりとか。 ===== 翻刻 ===== これも今はむかし白川院の御時北おもてのさうしにうるせき 女ありけり名をは六とそいひける殿上人とももてなしけうし けるに雨うちそほふりてつれつれなりける日ある人六よひて つれつれなくさめんとて使をやりて六よひてこといひけるに程も なく六めしてまいりて候といひけれはあなたより内のていのかたへ くしてこといひけれはさふらひいてきてこなたへまいりたまへと いへはひんなく候なといへは侍帰きてめし候へはひんなくさふらふと/下91オy435 申て恐申候なりといへはつきみていふにこそとおもひてなとかくは いふそたたこといへといへともひか事にてこそ候らめさきさきも 内御ていなとへまいる事も候はぬにといひけれはこのおほくゐたる人 々たたまいり給へやうそあるらんとせめけれはすちなき恐に 候へともめしにて候へはとてまいるこのあるしみやりたれは刑部禄といふ 庁官ひんひけに白髪ましりたるかとくさのかりきぬにあを 袴きたるかいとことうるはしくさやさやとなりて扇を笏にとりて すこしうつふしてうすくまりゐたり大かたいかにいふへしともおほ えす物もいはれねはこの庁官いよいよ恐かしこまりてうつふしたり あるしさてあるへきならねはやや庁には又なに物か候といへはそれ かしかれかしといふいとけにけにしくもおほえすして庁官うし ろさまへすへり行このあるしかう宮仕をするこそ神妙なれ見参 には必いれんするそとうまかりねとてこそやりてけれ此六のちに/下91ウy436 ききてわらひけりとか/下92オy437