宇治拾遺物語 ====== 第160話(巻12・第24話)一条桟敷屋の鬼の事 ====== **一条桟敷屋鬼事** **一条桟敷屋の鬼の事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、一条の桟敷屋に、ある男泊まりて、傾城と臥したりけるに、夜中ばかりに、風吹き雨降りてすさまじかりけるに、大路に、「諸行無常」と詠じて過ぐるものあり。 「なにものならん」と思ひて、蔀(しとみ)を少し押し上げて見ければ、長(たけ)は軒と等しくて、馬の頭なる鬼なりけり。恐ろしさに、蔀をかけて、奥の方へ入りたれば、この鬼、格子押し開けて、顔押し入れて、「よく御覧じつるな、よく御覧じつるな」と申しければ、太刀を抜きて、「入らば切ん」とかまへて、女をばそばに置きて待りけるに、「よくよく御覧ぜよ」と言ひて去(い)にけり。「百鬼夜行にてあるやらん」と恐しかりけり。 それより一条の桟敷屋には、またも泊まらざりけるとなん。 ===== 翻刻 ===== 今はむかし一条の桟敷屋に或男とまりて傾城とふしたり けるに夜中斗に風吹雨降てすさましかりけるに大路に諸行無常と/下65ウy384 詠して過る物ありなに物ならんとおもひて蔀をすこしをし あけてみけれは長は軒とひとしくて馬の頭なる鬼なりけり おそろしさにしとみをかけておくのかたへいりたれは此鬼格子をし あけて顔をし入てよく御覧しつるなよく御覧しつるなと申けれは太刀を 抜ていらは切んとかまへて女をはそはにをきて待けるによくよく 御覧せよといひていにけり百鬼夜行にてあるやらんとおそろし かりけりそれより一条のさしき屋には又もとまらさりけるとなん/下66オy385