宇治拾遺物語 ====== 第64話(巻4・第12話)式部大夫実重、賀茂の御正体拝見の事 ====== **式部大夫実重賀茂御正体拝見事** **式部大夫実重、賀茂の御正体拝見の事** ===== 校訂本文 ===== これも今は昔、式部大夫実重((平実重))は、賀茂へ参ること、ならびなき者なり。前生の運、おろそかにして、身に過ぎたる利生にあづからず。 人の夢に、大明神((賀茂大明神))、「また実重、来たり、来たり」とて、歎かせおはしますよし、見けり。 実重、御本地を見奉るべきよし、祈り申すに、ある夜、下の御社に通夜したる夜、上へ参るあひだ、なから木のほとりにて、行幸に合ひ奉る。百官供奉、常のごとし。実重、片薮に隠れ居て見れば、鳳輦の中に金泥の経、一巻立たせおはしましたり。その外題に「一称南無仏。皆已成仏道」と書かれたり。 夢、すなはち覚めぬとぞ。 ===== 翻刻 ===== これも今はむかし式部大夫実重は賀茂へまいる事ならひ なき物なり前生の運おろそかにして身に過たる利生に あつからす人の夢に大明神又実重きたりきたりとてなけ かせおはしますよしみけり実重御本地をみたてまつる へきよし祈申に有夜下の御社に通夜したる夜上へまいる あひたなからきのほとりにて行幸にあひたてまつる百官 供奉つねのことし実重片薮にかくれゐてみれは鳳輦の中 に金泥の経一巻たたせおはしましたりその外題に一称南 無仏皆已成仏道とかかれたり夢則さめぬとそ/71ウy146