大和物語 ====== 第152段 同じ御門狩りいとかしこく好み給ひけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 同じ御門(([[u_yamato150|150段]]の「ならの御門」。))、狩りいとかしこく好み給ひけり。陸奥国岩手(みちのくにいはて)の郡(こほり)より奉れる御鷹、世になくかしこかりければ、になう思して、御手鷹(てだか)にし給ひけり。名をば岩手となん付け給ひける。 それを、かの道に心ありて、預かりつかうまつりたまひける大納言に預け給ひける。夜昼これを預かりて、とり飼ひ給ふほどに、いかがし給ひけむ、そらしたまひてけり。 心肝(こころきも)をまどはして求むるに、さらにえ見出でず。山々に人をやりつつ求めさすれど、さらになし。みづからも深き山に入りて、まどひ歩(あり)き給へど、かひもなし。こ のことを奏せで、しばしもあるべけれど、二・三日をあけず御覧ぜぬ日なし。 「いかがせん」とて、内裏(うち)に参り給ひて、御鷹の失せたるよしを奏し給ふ時に、御門、ものものたまはず。「聞こし召しつけぬにやあらん」とて、また奏し給ふに、面(おもて)をのみまぼらせ給ひて、ものものたまはず。「『たいだいし((底本「し」なし。諸本により補う」))』と思し召したるなりけり」と、われにもあらぬ心地して、かしこまりいますかりて、「この御鷹の求むるに侍らぬことを、いかさまにかし侍らむ。などか、仰せごとも給はぬ」と奏し給ふ時に、御門、   いはで思ふぞ言ふにまされる とのたまひけり。かくのみのたまはせて、異事(ことごと)ものたまはざりけり。御心の内に、いといふかひなく、惜しく思さるるになんありける。 これをなん、世の中の人、末をば((諸本「もとをば」))とかく付けらる。もとは、かくのみなんありける。 ===== 翻刻 ===== をなしみかとかりいとかしこくこのみ たまひけりみちのくにいはてのこほ りよりたてまつれる御たかよに なくかしこかりけれはになうお ほして御てたかにしたまひけり なをはいはてとなんつけ給けるそれ をかのみちにこころありてあつかり つかうまつりたまひける大納言に 文武朝大納言 大宝元年 石上朝臣麿 淡海公 紀朝臣麿 三人三月任慶雲二年 大伴安麿 八月任 あつけたまひけるよるひるこれを 十一月大宰帥 あつかりてとりかひたまふほとに いかかし給けむそらしたまひてけり/d52l こころきもをまとはしてもとむる にさらにえみいてすやまやまに人をや りつつもとめさすれとさらになし 身つからもふかきやまにいりて まとひありきたまへとかひもなしこ のことをそうせてしはしもあるへ けれと二三日をあけすこらんせぬ 日なしいかかせんとてうちにまいり たまひて御たかのうせたるよしを そうしたまふときにみかとものも のたまはすきこしめしつけぬにや/d53r あらんとてまたそうし給におもてを のみまほらせ給てものものたまはすたいたい とおほしめしたるなりけりとわ れにもあらぬ心ちしてかしこまり いますかりてこの御たかのもとむる に侍らぬことをいかさまにかし侍ら むなとかおほせこともたまはぬと そうしたまふときにみかと いはておもふそいふにまされる との給ひけり かくのみの給はせてこと事もの給は さりけり御こころのうちにいといふかひ/d53l なくおしくおほさるるになんありける これをなんよのなかの人すえをはと かくつけらるもとはかくのみなんありける/d54r