大和物語 ====== 第143段 昔、在中将の御息子在次滋春の君といふが妻なる人なんありける・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、在中将((在原業平))の御息子(みむすこ)在次滋春(ざいじしげはる)((在原滋春))の君といふが妻(め)なる人なんありける。女は山蔭の中納言((藤原山蔭))の御姫(みひめ)にて、五条の御(ご)となんいひける。かの在次君の妹の、伊勢の守の妻にていますかりけるが御(み)もとに行きて、守の召人(めしうど)にてありけるを、この妻のせうとの在次君は、忍びて住むになんありける。 「われのみ」と思ふに、この男の兄弟(はらから)なん、また、逢ひたる気色なりける。さりければ、女のもとに、   忘れなんと思ふ心の悲しきは憂きも憂からぬ((「ぬ」は底本「め」。諸本により訂正。))ものにぞありける となん詠みたりける。 今はみな古歌(ふるうた)になりたることなり。 ===== 翻刻 ===== むかし在中将のみむすこ在次滋春 のきみといふかめなるひとなんあり/d30l ける女はやまかけの中納言のみひめ にて五条のことなんいひけるか のさいしきみのいもうとの伊勢のかみのめにていますかりけるか みもとにいきてかみのめしうとにて ありけるをこのめのせうとのさい しきみはしのひてすむになんあり けるわれのみとおもふにこのおとこの はらからなん又あひたるけしきなり けるさりけれは女のもとに わすれなんとおもふこころのかなし きはうきもうからめものにそありける となんよみたりけるいまはみなふる/d31r うたになりたることなり/d31l