大和物語 ====== 第142段 故御息所の御姉おほいこにあたり給ひけるなんいとらうらうしく・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 故御息所の御姉、おほいこにあたり給ひけるなん、いとらうらうしく、歌詠み給ふことも、おとうとたち御息所よりもまさりてなん、いますかりける。 若き時に女親(めおや)は失せ給ひにけり。継母の手にいますかりければ、心にもののかなはぬ時もありけり。さて、詠み給ひける。   ありはてぬ命待つ間のほどばかり憂きことしげく歎かずもがな となん詠み給ひける。 梅の花を折りて、また、   かかる香の秋もかはらで匂(いほ)ひかど((「匂ひかど」は諸本「匂ひせば」。))春恋ひしてふながめせましや と詠み給ひける。 いとよしづきて、をかしういますかりければ、よばふ人もいと多かりけれど、返しもせざりけり。「女といふ者、つひにかくて果て給ふべきよしもあらず。時々は返事し給へ」と、親も継母も言ひければ、責められて、かくなん言ひやりける。   思へどもかひなかるべみ忍ぶればつれなきともや人の見るらん とばかり言ひやりて、ものも言はざりけり。かく言ひける心ばへは、親など、「男あはせん」と言ひけれど、「一生(いしやう)、男せでやみなん」といふことを、世とともに言ひける、さ言ひけるもしるく、男もせで、二十九にてなん失せ給ひにける。 この歌ども、みな古言(ふるごと)になりたることになんありける。 ===== 翻刻 ===== こみやすところの御あねおほいこに あたりたまひけるなんいとらうらう/d29r しくうたよみたまふこともおと うとたちみやす所よりもまさりて なんいますかりけるわかきときに めをやはうせたまひにけりままはは のてにいますかりけれはこころに もののかなはぬときもありけりさ てよみたまひける ありはてぬいのちまつまのほとは かりうきことしけくなけかすもかな となんよみ給けるむめのはなを をりて又/d29l かかるかの秋もかはらてにほひかと はるこひしてふなかめせましや とよみたまひけるいとよしつきて をかしういますかりけれはよはふ ひともいとおほかりけれとかへしも せさりけり女といふ物つひにかくて はてたまふへきよしもあらすときとき は返事したまへとをやもままははも いひけれはせめられてかくなんいひ やりける おもへともかひなかるへみしのふ/d30r れはつれなきともやひとのみるらん とはかりいひやりてものもいはさり けりかくいひけるこころはへはをやなと おとこあはせんといひけれといしやう おとこせてやみなんといふことを よとともにいひけるさいひけるもしるくおとこ もせて廿九にてなんうせ給にけりこの うたともみなふることになりたる ことになんありける/d30l