大和物語 ====== 第126段 筑紫にありける檜垣の御といひけるはいとらうありをかしくて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 筑紫にありける檜垣の御(ひがきのご)((檜垣嫗))といひけるは、いとらうあり、をかしくて、世を経ける者になんありける。 年月かくてありわたりけるを、純友が騒ぎ((藤原純友の乱))にあひて、家も焼けほろび、物の具もみな取られ果てて、いといみじくなりにけり。かかりとも知らで、野の大弐((小野好古))、討手(うて)の使に下り給ひて、それが家のありしわたりを尋ねて、「檜垣の御といひ ける人に、いかで会はん。いづくにか住むらん」とのたまへば、「このわたりになん住みし」など、供なる人も言ひけり。 「あはれ、かかる騒ぎに、いかがなりにけん。尋ねてしがな」と、のたまひけるほどに、頭(かしら)白き女の、水汲めるなん、前より、あやしきやうなる家に入りける。ある人ありて、「これなん檜垣の御」と言ひけり。 いみじくあはれがり給ひて、呼ばすれど、恥ぢて来で、かくなん言へりける。   むば玉のわが黒髪は白川のみづはくむまでおいぞしにける と詠みたりければ、あはれがりて、着たりける袙一襲(あこめひとかさね)脱ぎてなむやりける。 ===== 翻刻 ===== つくしにありけるひかきのこといひ けるはいとらうありをかしくて世をへけるものになんありける とし月かくてありわたりけるをすみともかさはきに あひて家もやけほろひもののくもみな とられはてていといみしくなりにけり かかりともしらて野の大弐うてのつ かひにくたり給てそれか家のあり/d18l しわたりをたつねてひかきのこといひ けるひとにいかてあはんいつくにかすむ 覧との給へはこのわたりになんすみ しなとともなるひともいひけりあは れかかるさはきにいかかなりにけん たつねてしかなとの給けるほとに かしらしろき女のみつくめるなんまへ よりあやしきやうなる家にいりけ るあるひとありてこれなんひかきの こといひけりいみしくあはれかり給て よはすれとはちてこてかくなんいへりける/d19r むはたまのわかくろかみはしらかは のみつはくむまてをひそしにける とよみたりけれはあはれかりてき たりけるあこめひとかさねぬきて なむやりけるまたをなし大弐のた/d19l