徒然草 ====== 第74段 蟻のごとくに集まりて東西に急ぎ南北に走る・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 蟻のごとくに集まりて、東西に急ぎ、南北に走(わし)る。高きあり、賤きあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰家あり。夕に寝(い)ねて、朝に起く。いとなむところ、何ごとぞや。生(しやう)をむさぼり、利を求めて、やむ時なし。 身を養ひて、何ごとをか待つ。期(ご)するところ、ただ老と死とにあり。その来たること、すみやかにして、念々の間にとどまらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者はこれを恐れず。名利(みやうり)におぼれて、先途(せんど)の近きことをかへりみねばなり。愚かなる人は、またこれを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化(へんげ)の理(ことわり)を知らねばなり。 ===== 翻刻 ===== 蟻のごとくにあつまりて。東西にいそぎ南 北にわしる。高きあり賤きあり。老たる あり若きあり。行所あり帰家あり。夕 にいねて朝におく。いとなむ所何事ぞや。/w1-57r 生をむさぼり利をもとめてやむ時なし。 身を養ひて何事をかまつ。期する 処。ただ老と死とにあり其来る事速に して念々の間にとどまらず。是をまつあひ だ何のたのしひかあらん。まどへるものはこ れををそれず。名利におぼれて。先途 の近き事をかへりみねば也。をろかなる 人はまた。これを悲しふ。常住ならん ことを思ひて。変化の理をしらねば也/w1-57l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0057.jpg