徒然草 ====== 第44段 あやしの竹の編戸の内よりいと若き男の・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== あやしの竹の編戸(あみど)の内より、いと若き男の、月影に色あひさだかならねど、つややかなる狩衣に、濃き指貫(さしぬき)、いとゆゑづきたるさまにて、ささやかなる童一人を具して、遥かなる田の中の細道を、稲葉の露にそぼちつつ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、「あはれと、聞き知るべき人もあらじ」と思ふに、行かん方知らまほしくて、見送りつつ行けば、笛を吹きやみて、山の際(きは)に惣門のある内に入りぬ。 榻(しぢ)に立てたる車の見ゆるも、都よりは目とまる心地して、下人に問へば、「しかしかの宮のおはしますころにて、御仏事など候ふにや」と言ふ。御堂の方に、法師ども参りたり。 夜寒(よさむ)の風にさそはれ来る、そら薫物(だきもの)の匂ひも、身にしむ心地す。寝殿より御堂の廊に通ふ女房の、追風用意(おひかぜようい)など、人目なき山里ともいはず、心づかひしたり。 心のままに茂れる秋の野らは、置きあまる露に埋(うづ)もて、虫の音(ね)かごとがましく、遣水(やりみづ)の音のどやかなり。都の空よりは雲の往来(ゆきき)も早き心地して、月の晴れ曇ること定めがたし。 ===== 翻刻 ===== あやしの。竹のあみ戸のうちより。いと わかき男の。月影に。色あひさだかなら ねど。つややかなる狩衣に。こきさしぬき/w1-34r いとゆへづきたるさまにて。ささやかなる 童ひとりを具して。遥なる田の中 のほそ道を。稲葉の露にそほちつつ。分 行ほど。笛をえならずふきすさひたる。 哀と聞しるべき人もあらじ。とおもふ にゆかん方しらまほしくて。見を くりつつ行ば。笛を吹やみて。山のきはに 惣門のあるうちに入ぬ。榻にたてたる 車の見ゆるも都よりは目とまるここち して。下人にとへば。しかしかの宮のお/w1-34l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0034.jpg はします比にて。御仏事などさふらふ にや。といふ御堂のかたに。法師どもま いりたり。夜寒の風にさそはれくる。 そらだきもののにほひも。身にしむ ここちす。寝殿より御堂の廊にかよふ 女房のをひ風よういなど。人めなき山里 ともいはず。こころづかひしたり。心のまま にしげれる秋ののらは。をきあまる露 にうづもれて。むしのねかごとがまし く。遣水の音のどやか也。都の空よりは。/w1-35r 雲の往来もはやき心ちして。月の はれくもる事さだめがたし/w1-35l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0035.jpg