徒然草 ====== 第32段 九月二十日のころある人に誘はれ奉りて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 九月二十日のころ、ある人に誘はれ奉りて、明くるまで、月見歩(あり)くこと侍りしに、思し出づる所ありて、案内(あない)せさせて入り給ひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、しめやかにうち香りて、忍びたる気配、いとものあはれなり。 よきほどにて出で給ひぬれど、なほことざまの優(いう)に思えて、ものの隠れより、しばし見ゐたるに、妻戸をいま少し押し開けて、月見る気色なり。 やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。 その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし。 ===== 翻刻 ===== 九月廿日の比。ある人にさそはれたて まつりて明るまで月見ありく事侍 しに。おぼしいづる所ありて。あないせさ せて入給ひぬ。荒たる庭の露しげき に。わざとならぬにほひしめやかにうちか/w1-26l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0026.jpg ほりて。しのびたるけはひいと物あはれ也。 よきほどにて出給ひぬれど。なを事 ざまの優におぼえて物のかくれよりし ばし見ゐたるに。妻戸を今すこし をしあけて。月見るけしき也。やがて かけこもらましかば。くちおしから まし。跡まで見る人ありとは。いかで かしらん。かやうの事は。ただ朝夕の 心づかひによるべし。その人ほどなく うせにけりと聞侍りし/w1-27r http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0027.jpg