徒然草 ====== 第9段 女は髪のめでたからんこそ人の目たつべかめれ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 女は髪のめでたからんこそ、人の目たつべかめれ。人のほど・心ばへは、もの言ひたるけはひにこそ、ものごしにも知らるれ。 ことにふれて、うちあるさまにも、人の心を惑はし、すべて女の、うちとけたる寝(い)も寝(ね)ず、「身を惜し」とも思ひたらず、耐ゆべくもあらぬわざにもよく耐へ忍ぶは、ただ色を思ふがゆゑなり。 まことに、愛着の道、その根深く、源遠し。六塵の楽欲多しといへども、みな厭離しつべし。その中に、ただかの惑ひの、一つ止めがたきのみぞ、老たるも若きも、智あるも愚なる も、変る所なしと見ゆる。 されば、女の髪筋(かみすぢ)をよれる綱には、大象もよく繋がれ、女の履ける足駄(あしだ)にて作れる笛には、秋の鹿、必ず寄るとぞ言ひ伝へ侍る。 みづから戒めて、恐るべく、慎むべきは、この惑ひなり。 ===== 翻刻 ===== 女は髪のめでたからんこそ人のめたつ べかめれ。人のほど心ばへはものいひたる けはひにこそ。ものごしにもしらるれ。 ことにふれてうちあるさまにも人の心を まどはし。すべて女のうちとけたるいも 寝ず。身をおしとも思ひたら ず。たゆべくもあらぬわざにもよくたへ しのぶは。ただ色をおもふがゆへなり。 まことに愛着の道その根ふかく/w1-8r 源とをし。六塵の楽欲おおしといへ ども皆猒離しつべし。其中に ただかのまどひのひとつやめがたきのみ そ老たるもわかきも。智あるも愚なる もかはる所なしとみゆる。されば女の髪 すぢをよれる綱には。大象もよくつな がれ。女のはけるあしだにて作れる 笛には。秋の鹿。かならずよるとぞいひ つたへ侍る。みづからいましめて。おそる べくつつしむべきは此まどひ也/w1-8l http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he10/he10_00934/he10_00934_0001/he10_00934_0001_p0008.jpg