とはずがたり ====== 巻5 8 都の方のことなど聞くほどに睦月の初めつ方にや東二条院御悩みと言ふ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu5-07|<>]] 都の方のことなど聞くほどに、睦月の初めつ方にや、「東二条院((後深草院中宮西園寺公子))御悩み」と言ふ。「いかなる御事にか」と、人知れずおぼつかなく思ひ参らすれども、言問ふべき方もなければ、よそに承るほどに、今はかなふまじき御事になりて、御所を出でさせおはしますよし、承りしかば、無常は常の習ひなれども、「住み慣れさせおはしましつる御住処(すみか)をさへ出でさせおはしますこそ、いかなる御事なるらん」と、「十善の床(ゆか)に並びましまして、朝政(あさまつりごと)をも助け奉り、夜はともに夜(よ)を治め給ひし御身なれば、今はの御事も変はるまじき御事かとこそ思ひ参らするに、などや」など、御おぼつかなく覚えさせおはしまししほどに、「はや御事切れさせ給ひぬ」とて、ひしめく。 折節、近き都の住まひに侍れば、何となく御所ざまの御やうも御ゆかしくて、見参らに参りたれば、「まづ、遊義門院((姈子内親王))))御幸なるべし」とて、北面の下臈一・二人、御車さし寄す。今出川の右の大臣(おとど)((西園寺公衡))も候ひ給ひけるが、「御出で」など言ひ合ひたるに、「遊義門院、御幸まづ急がるる」とて、御車寄すると見参らすれば、またまづしばしとて、引きのけて帰り入らせおはしますかと覚ゆること、二・三度(ど)になれば、「今はの御姿、またはいつか」と御名残惜しく思し召さるるほども、あはれにかなしく覚させおはしまして、あまた物見る人どももあれば、御車近く参りて承れば、「すでに召されぬと思ふほどに、また立ち帰らせおはしましぬるにや」と聞こゆ。召されて後も、例(ためし)なき御心まどひ、よその袂も所狭(せ)きほどに聞こえさせおはしませば、心あるも心なきも、袂をしぼらぬ人なし。 宮々わたらせおはしまししかども、みな先立ち参らせおはしまして、ただ御一所わたらせおはしまししかば、形見の御心ざし、さこそと思ひやり参らするも、しるく見えさせおはしまししこそ、数ならぬ身の思ひにも、比べられさせおはします心地し侍りしか。 今はの御幸を見参らするにも、「昔ながらの身ならましかば、いかばかりか」など覚えさせおはしまして、   さてもかく数ならぬ身はながらへて今はと見つる夢ぞ悲しき [[towazu5-07|<>]] ===== 翻刻 ===== すみして時々侍都のかたのことなときく程にむ月の はしめつかたにや東二条院御なやみといふいかなる御こと にかと人しれすおほつかなくおもひまいらすれともこととふ/s217r k5-18 へきかたもなけれはよそにうけ給はるほとにいまはかなふ ましき御ことになりて御所をいてさせおはしますよし うけ給しかは無常はつねのならひなれともすみなれさせ おはしましつる御すみかをさへいてさせおはしますこそいか なる御事なるらんと十せんのゆかにならひましまして あさまつりことをもたすけたてまつり夜はともによをおさ めたまひし御身なれはいまはの御こともかはるましき 御事かとこそおもひまいらするになとやなと御おほつかなく 覚させおはしましし程にはや御事きれさせ給ぬとてひし めくおりふしちかきみやこのすまひに侍れは何となく御所 さまの御やうも御ゆかしくてみまいらせにまいりたれは/s217l k5-19 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/217 まつゆうき門院御かうなるへしとて北面の下臈一二人 御車さしよす今出川の右のおととも候給けるか御出なと いひあひたるにゆうきもん院御かうまついそかるるとて 御車よするとみまいらすれは又まつしはしとてひきのけ てかへりいらせおはしますかとおほゆること二三とになれは今 はの御すかたまたはいつかと御名残おしくおほしめさるる 程もあはれにかなしく覚させおはしましてあまた物みる 人とももあれは御くるまちかくまいりてうけたまはれはすてに めされぬとおもふほとに又たちかへらせおはしましぬるにやとき こゆめされて後もためしなき御心まとひよその袂もところ せきほとにきこえさせおはしませは心あるも心なきも袂を/s218r k5-20 しほらぬ人なしみやみやわたらせおはしまししかともみなさき たちまいらせおはしましてたた御一所わたらせおはしまししかはかた 見の御心さしさこそとおもひやりまいらするもしるくみえさせ おはしまししこそかすならぬ身のおもひにもくらへられさせおはし ます心ちし侍しかいまはの御幸をみまいらするにもむかし なからの身ならましかはいかはかりかなと覚させおはしまして    さてもかくかすならぬみはなからへていまはとみつる夢そかなしき/s218l k5-21 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/218 [[towazu5-07|<>]]