とはずがたり ====== 巻4 25 かかる騒ぎのほどなれば経沙汰もいよいよ機嫌悪しき心地して・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-24|<>]] かかる騒ぎのほどなれば、経沙汰もいよいよ機嫌悪しき心地して、津島の渡り(([[towazu4-18|4-18]]参照))といふことをして、大神宮((伊勢神宮))に参りぬ。卯月の初めつ方のことなれば、何となく青みわたりたる梢(こずゑ)も、やう変りておもしろし。 まづ新宮に参りたれば、山田の原の杉の群立(むらだ)ち、時鳥(ほととぎす)の初音を待たん便りも、「ここを瀬にせん」と語らは((「語らは」は底本「かたらひ(か歟)」。「ひ」に「か歟」と傍書だが、意味が通じない。))まほしげなり。神館(かんだち)といふ所に、一・二の禰宜(ねぎ)より宮人ども伺候したる。「墨染の袂は憚りあること」と聞けば、いづくにていかにと参るべきこととも知らねば、「二の御鳥居((「鳥居」は底本「とりゐ(本)」。「ゐ」に「本」と傍書。))御庭(みには)所といふ辺(へん)までは苦しからじ」と言ふ((「言ふ」は底本「はふ」。))。 所のさま、いと神々しげなり。館(たち)の辺にたたずみたるに、男二・三人、宮人とおぼしくて、出で来て、「いづくよりぞ」と尋ぬ。「都の方より、結縁しに参りたる」と言へば、「うちまかせては、その御姿は憚り申せども、くたびれ給ひたる気色も、神も許し給ふらん」とて、内へ入れて、やうやうにもてなして、「しるべし奉るべし。宮の内へはかなふまじければ、よそより」など言ふ。千枝(ちえだ)の杉の下、御池の端(はた)まで参りて、宮人、祓へ神々しくして、幣(ぬさ)をさして出づるにも、「心の中(うち)の濁り深さは、かかる祓へにも清くはいかが」とあさまし。 帰(かへ)さには、そのわたり近き小家(こいへ)を借りて宿るに、「さても、情けありてしるべさへしつる人、誰ならん」と聞けば、三の禰宜行忠((度会行忠))といふ者なり。これは館の主(あるじ)なり。「しるべしつるは、当時の一の禰宜が((度会貞尚。「禰宜が」は底本「ねきは」。))二郎、七郎大夫常良((度会常良))といふ」など語り申せば、さまざまの情けも忘れがたくて、   おしなべて塵にまじはる末とてや苔の袂に情けかくらん 木綿四手(ゆふしで)の切れに書きて榊(さかき)の枝に付けてつかはし侍りしかば、   影宿す山田の杉の末葉さへ人をも分かぬ誓ひとを知れ これにまづ七日こもりて、「生死(しやうじ)の一大事をも祈誓申さん」と思ひて侍るほど、面々に宮人とも歌詠みておこせ、連歌いしいしにて明かし暮らすも、情けある心地するに、うちまかせての社などのやうに経を読むことは、宮の中にてはなくて、法楽舎(ほふらくしや)といひて、宮の中(うち)より四・五町のきたる所なれば、日暮らし念誦などして暮るるほどに、それ近く、観音堂と申して尼の行ひたる所へまかりて、宿を借れば、「かなはじ」と固く申して、情けなく追ひ出で侍りしかば、   世を厭ふ同じ袂の墨染をいかなる色と思ひ捨つらん 前なる南天竺の枝を折りて、四手(しで)に書きてつかはし侍りしかば、返しなどはせで、宿を貸して、それより知る人になりて侍りき。 七日も過ぎぬれば、内宮へ参らんとするに、初めの先達(せんだち)せし常良、   いまぞ思ふ道行く人は慣れぬるも悔しかりける和歌の浦浪 返しには   何か思ふ道行く人にあらずとも止まり果つべき世の習ひかは [[towazu4-24|<>]] ===== 翻刻 ===== られてふしきにもたうとくもおほえ侍しかかかるさはきの ほとなれはきやうさたもいよいよきけんあしき心ちしてつし まのわたりといふことをして大神宮にまいりぬ卯月のはし めつかたの事なれはなにとなくあをみわたりたる木すゑも やうかはりておもしろしまつ新宮にまいりたれは山たのはら のすきのむらたちほとときすのはつねをまたんたよりもここ をせにせんとかたらひ(か歟)まほしけなり神たちといふ所に一二のね きより宮人ともしこうしたるすみそめのたもとはははかりある/s191l k4-51 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/191 ことときけはいつくにていかにとまいるへきことともしらねは二の御 とりゐ(本)みには所といふへんまてはくるしからしとはふ所のさまい とかうかうしけなりたちのへんにたたすみたるにおとこ二三人宮 人とおほしくていてきていつくよりそとたつぬ都のかたよりけ ちえんしにまいりたるといへはうちまかせてはその御すかたはははかり 申せともくたひれ給たる気色も神もゆるし給らんとて うちへ入てやうやうにもてなしてしるへしたてまつるへし宮の うちへはかなふましけれはよそよりなといふちえたのすきの下 御いけのはたまてまいりて宮人はらへかうかうしくしてぬさを さしていつるにも心のうちのにこりふかさはかかるはらへにもきよ くはいかかとあさまし返さにはそのわたりちかき少家をかりて/s192r k4-52 やとるにさてもなさけありてしるへさへしつる人たれならんときけ は三のねき行たたといふ物なりこれはたちのあるしなりしるへし つるはたうしの一のねきは二郎七郎大夫つねよしといふなとかたり 申せはさまさまのなさけもわすれかたくて    をしなへてちりにましはるすゑとてやこけのたもとになさけかくらん ゆふしてのきれにかきてさか木のえたにつけてつかはし侍し かは    かけやとす山たのすきのすゑ葉さへ人をもわかぬちかひとをしれ これにまつ七日こもりてしやうしの一大事をもきせい申さんと おもひて侍ほとめんめんに宮人とも哥よみてをこせれん哥いしいし にてあかしくらすもなさけある心ちするにうちまかせてのやし/s192l k4-53 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/192 ろなとのやうにきやうをよむことは宮の中にてはなくてほうらく しやといひて宮のうちより四五ちやうのきたる所なれはひくらし ねんしゆなとしてくるるほとにそれちかくくはんをんたうと申て あまのおこなひたる所へまかりてやとをかれはかなはしとかたく申 てなさけなくをいいて侍しかは    世をいとふおなしたもとのすみそめをいかなる色とおもひすつらん まゑなるなんてんちくのえたををりてしてにかきてつかはし 侍しかは返しなとはせてやとをかしてそれよりしる人になりて 侍き七日もすきぬれは内宮へまいらんとするにはしめのせん たちせしつねよし    いまそ思ふみち行人はなれぬるもくやしかりけるわかのうら浪/s193r k4-54 返しには    なにかおもふみち行人にあらすともとまりはつへき世のならひかは/s193l k4-55 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/193 [[towazu4-24|<>]]