とはずがたり ====== 巻4 23 二月のころにや都へ帰り上るついでに八幡へ参りぬ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-22|<>]] 二月のころにや、都へ帰り上るついでに、八幡(やはた)((石清水八幡宮))へ参りぬ。奈良より八幡へは道のほど遠くて、日の入るほどに参り着きて、猪鼻(ゐのはな)を上りて宝前(ほうぜん)へ参るに、石見の国の者とて低人(ひきうど)の参るを行き連れて、「いかなる宿縁にて、かかる片輪人となりけんなど思ひ知らずや」と言ひつつ行くに、馬場殿の御所開きたり。 検校(けんぎやう)などがこもりたる((「などがこもりたる」は底本「なとる(か歟)こもか(り歟)たる」。「る」に「か歟」、「か」に「り歟」と傍書。))折も開けば、「必ず御幸」など言ひ聞かする人も、道のほどにてもなかりつれば、思ひも寄り参らせで過ぎ行くほどに、楼門を登る所へ、召次(めしつぎ)などにやと思ゆる者出で来て、「馬場殿((「馬場殿」は底本「はうとの」。))の御所へ参れ」と言ふ。「誰(たれ)か渡らせ給ふぞ。誰と知りて、さることを承るべきこと覚えず。あの低人などがことか」と言へば、「さも候はず。まがふべきことならず。御事にて候ふ。一昨日(おととひ)より富小路殿の一院((後深草院))、御幸にて候ふ」と言ふ。 ともかくも物も申されず。年月は心の中(うち)((「心の中」は底本「心○(の歟)うち」。))に忘るる御事はなかりしかども、一年(ひととせ)、「今は」と思ひ捨てし折、京極殿の局より参りたりしをこそ、「この世の限り」とは思ひしに、「苔の袂(たもと)・苔の衣(ころも)、霜・雪霰(あられ)にしをれ果てたる身のありさまは、誰かは見知らんと思ひつるに、誰か見知りけん」など思ひて、なほ御所よりの御事とは思ひ寄り参らせで、「女房たちの中に、『怪し』と見る人などのありて、『僻目(ひがめ)にや』とて問はるるにこそ」など案じゐたるほどに、北面の下臈一人走りて、「とく」と言ふなり。 何と逃るべきやうもなければ、北の端(はし)なる御妻戸の縁(ゑん)に候へば((「候へば」は底本「うへは」。))、「なかなか人の見るも目立たし。内へ入れ」と仰せある御声は、さすが昔ながらに変らせおはしまさねば、「こは、いかなるつることぞ」と思ふより、胸つぶれて少しも動かれぬを、「とくとく」と承れば、なかなかにて参りぬ。 「ゆゆしく見忘られぬにて、年月隔りぬれども、忘れざりつる心の色は思ひ知れ」などより始めて、昔今(むかしいま)のことども、移り変る世の習ひ、あぢきなく思し召さるるなど、さまざま承りしほどに、寝ぬに明け行く短夜(みじかよ)は、ほどなく明け行く空になれば、「御こもりのほどは必ずこもりて、またも心静かに」など承りて、立ち給ふ((「立ち給ふ」は底本「たり給」。))とて、御肌に召されたる御小袖を三つ脱がせおはしまして、「人知れぬ形見ぞ。身を放つなよ」とて賜はせし心の中(うち)は、来し方行く末のことも、来ん世の闇も、よろづ思ひ忘れて、悲しさもあはれさも、何と申しやる方なきに、はしたなく明けぬれば、「さらばよ」とて引き立てさせおはしましぬる御名残りは、御跡なつかしく匂ひ、近きほどの御移り香も、墨染の袂に留まりぬる心地して、人目あやしく目立たしければ、御形見の御小袖を墨染の衣の下に重ぬるも、びんなく悲しきものから、   重ねしも昔になりぬ恋衣今は涙に墨染の袖 むなしく残る御面影を、袖の涙に残して立ち侍るも、夢に夢見る心地して、「今日ばかりも候ひて((「候ひて」は底本「かて」。))、今一度(ひとたび)ものどかなる御ついでもや」など思ひ参らせながら、「憂き面影も、思ひ寄らずながらは、『力なき身のあやまり』とも思し召されぬべし。あまりにうちつけに留まりて、またの御言の葉を待ち参らせ顔ならんも、思ふ所なきにもなりぬべし」など、心に心を戒めて、都へ出づる心の中、さながら推し量るべし。 「御宮巡りをまれ、今一度(ひとたび)よそながら見参らせん」と思ひて、「墨染の袂は御覧じもぞ付けらるる」と思ひて、賜はりたりし御小袖を上に着て、女房の中にまじりて見参らするに、御裘代(きうたい)の姿も昔には変はりたるも、あはれに覚えさせおはしますに、階(きざはし)登らせおはしますとては、資高の中納言((二条資高))、侍従の宰相と申ししころにや、御てを引き参らせて入らせおはします。 「同じ袂なつかしく」など、さまざま承りて、いはけなかりし世のことまで、数々仰せありつるさへ、さながら耳の底にとどまり、御面影は袖の涙に宿りて、御山(おやま)を出で侍りて、都へと北へはうち向けども、わが魂はさながら御山に留まりぬる心地して帰りぬ。 [[towazu4-22|<>]] ===== 翻刻 ===== つつとしもかへりぬ二月のころにや都へかへりのほるついて にやわたへまいりぬならよりやわたへはみちのほととをくて日の いるほとにまいりつきてゐのはなをのほりてほうせんへま いるにいはみのくにの物とてひきうとのまいるをゆきつれて いかなるしゆくえんにてかかるかたわ人となりけんなとおもひ しらすやといひつつゆくにははとのの御所あきたりけんけう なとる(か歟)こもか(り歟)たるをりもあけはかならす御かうなといひきかする人も/s187l k4-43 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/187 みちの程にてもなかりつれはおもひもよりまいらせてすき行 ほとにろうもんをのほる所へめしつきなとにやとおほゆる物いて きてはうとのの御所へまいれといふたれかわたらせ給そたれとしり てさることをうけたまはるへきことおほえすあのひき人なとかこ とかといへはさも候はすまかふへきことならす御ことにて候おととひ よりとみのこうちとのの一院御かうにて候といふともかくも物も申され すとし月は心(の歟)うちにわするる御ことはなかりしかとも一とせいまは と思すてしをり京こくとののつほねよりまいりたりしをこそ この世のかきりとはおもひしにこけのたもとこけのころもしも雪 あられにしほれはてたる身のありさまはたれかはみしらんとお もひつるにたれかみしりけんなとおもひてなを御所よりの御/s188r k4-44 こととはおもひよりまいらせて女はうたちの中にあやしとみる 人なとのありてひかめにやとてとはるるにこそなとあむしいたるほとに ほくめんの下らう一人はしりてとくといふなりなにとのかるへき やうもなけれはきたのはしなる御つまとのゑんにうへは中々人の みるもめたたしうちへいれとおほせある御こゑはさすかむかしなからに かはらせおはしまさねはこはいかなるつることそとおもふよりむね つふれてすこしもうこかれぬをとくとくとうけたまはれは中々 にてまいりぬゆゆしく見わすられぬにてとし月へたたりぬれ ともわすれさりつる心の色はおもひしれなとよりはしめてむかし いまの事ともうつりかはる世のならひあちきなくおほしめさるる なとさまさまうけたまはりしほとにねぬにあけゆくみしかよはほと/s188l k4-45 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/188 なくあけゆく空になれは御こもりのほとはかならすこもりて又も心 しつかになとうけたまはりてたり給とて御はたにめされたる御こそて を三ぬかせおはしまして人しれぬかたみそ身をはなつなよと てたまはせし心のうちはこしかた行すゑのこともこん世のやみも よろつ思わすれてかなしさもあはれさもなにと申やるかたなき にはしたなくあけぬれはさらはよとてひきたてさせをはしま しぬる御なこりは御あとなつかしくにほひちかきほとの御うつり かもすみそめのたもとにととまりぬる心ちして人めあやしくめたた しけれは御かたみの御こそてをすみそめのころものしたにかさ ぬるもひんなくかなしき物から    かさねしもむかしになりぬ恋衣いまは涙にすみそめの袖/s189r k4-46 むなしくのこる御おもかけを袖のなみたにのこしてたち侍もゆめに ゆめみる心ちしてけふはかりもかていま一たひものとかなる御つい てもやなとおもひまいらせなからうきおもかけもおもひよらす なからはちからなき身のあやまりともおほしめされぬへしあまり にうちつけにととまりて又の御ことの葉をまちまいらせかほ ならんもおもふ所なきにもなりぬへしなとこころに心をいまし めて都へいつる心の中さなからをしはかるへし御宮めくり をまれいま一たひよそなから見まいらせんとおもひてすみそめの たもとは御らむしもそつけらるるとおもひてたまはりたりし 御こそてをうへにきて女はうの中にましりて見まいらするに御 きうたいのすかたもむかしにはかはりたるもあはれにおほえさせをはし/s189l k4-47 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/189 ますにきさはしのほらせおはしますとてはすけたかの中納言 ししうの宰相と申しころにや御てをひきまいらせていらせお はしますおなしたもとなつかしくなとさまさまうけたまはりていは けなかりし世のことまてかすかすおほせありつるさへさなからみみの そこにととまり御おもかけは袖のなみたにやとりて御山をいて侍て宮 こへときたへはうちむけとも我たましゐはさなから御山にととまり ぬる心ちして返ぬさても都にととまるへきならねはこそおもひ/s190r k4-48 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/190 [[towazu4-22|<>]]