とはずがたり ====== 巻4 19 十月の末にや都にちと立ち帰りたるもなかなかむつかしければ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-18|<>]] 十月の末にや、都にちと立ち帰りたるも((「帰りたるも」は底本「かへれたるも」。「隠れたるも」と読む説もある。))、なかなかむつかしければ、「奈良の方(かた)は藤の末葉((藤原氏の子孫。))にあらねば」とて、いたく参らざりしかども、「都遠からぬも、遠き道にくたびれたる折からはよし」など思ひて、参りぬ。 誰を知るといふこともなければ、ただ一人参りて、まづ大宮((春日大社))を拝み奉れば、二階の楼門の景気、四社甍(いらか)を並べ給ふさまいと貴く、峰の嵐の激しきにも、煩悩の眠(ねぶ)りをおどろかすかと聞こえ、麓(ふもと)に流るる水の音、生死(しやうじ)の垢をすすがるらんなど思ひ続けられて、また若宮へ参りたれば、少女子(おとめご)が姿もよしありて見ゆ。夕日は御殿の上にさして、峰の梢(こずゑ)に映ろひたるに、若き御子二人、御あひにて、たびたびする気色なり。 今宵は若宮の馬道(めんだう)の通夜して聞けば、夜もすがら面々に物数ふるにも、狂言綺語(きやうげんきぎよ)を便りとして導き給はんの御心ざし深くて、和光の塵にまじはり給ひける御心、いまさら申すべきにあらねども、いと頼もしきに、「喜多院住僧林懐僧正((「喜多院住僧林懐僧正」は底本「北院ちうりう印外僧正」。「ちうりう」は「住侶」とする説もある。))の弟子真喜僧正とかやの、鼓の音・鈴(すず)の声に行ひを紛らかされて、『われ、もし六宗の長官ともなるならば、鼓の音・鈴の声、長く聞かじ』と誓ひて、宿願相違なく寺務をせられけるに、いつしか思ひしことなれば、拝殿の神楽を長くとどめられにけり。朱(あけ)の玉垣も物寂しく、巫覡(きね)は歎きも深けれども、神慮に任せて過ぎけるに、僧正、『今生の望みは残る所なし。臨終正念こそ今は望む所なれ』とて、またこもり給ひつつ、わが得る所の法味を心のままに手向けしに、明神、夢のうちに現はれて、『法性(ほつしやう)の山を動かして、生死の塵に身を捨て、無智の男子(なんし)の後生菩提をあはれみ思ふ所に、鼓の声・鈴の音をとどめて結縁を遠ざからしむる恨み、やるかたもなければ、なんぢか法味をわれ受けず』と示し給ひけるにより、いかなる訴訟・歎きにも、これをとどむることなし」と申すを聞くにも、いよいよ頼もしく、貴くこそ覚え侍りしか。 [[towazu4-18|<>]] ===== 翻刻 ===== 十月のすゑにや都にちとたちかへれたるも中々むつかし けれはならのかたはふちのすゑ葉にあらねはとていたくまいら さりしかとも宮ことをからぬもとをきみちにくたひれたる をりからはよしなとおもひてまいりぬたれをしるといふことも なけれはたた一人まいりてまつ大宮ををかみたてまつれは 二かいのろふもんのけいき四しやいらかをならへ給さまいとた うとくみねのあらしのはけしきにもほんなうのねふりを おとろかすかときこえふもとになかるる水のをとしやうしの あかをすすかるらんなとおもひつつけられて又わか宮へまいり たれはおとめこかすかたもよしありてみゆ夕日は御てんのうへ にさしてみねのこすゑにうつろいたるにわかきみこ二人御あ/s184l k4-37 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/184 ひにてたひたひする気色なりこよひはわか宮のめんたうのつ夜 してきけは夜もすからめんめんに物かそふるにもきやうけん ききよをたよりとしてみちひき給はんの御心さしふかくて わ光のちりにましはり給ける御心いまさら申へきにあらね ともいとたのもしきに北院ちうりう印外僧正のてししん きそう正とかやのつつみのをとすすのこゑにをこなひをまき らかされて我もし六しゆうのちやうくはんともなるならはつつ みのをとすすのこゑなかくきかしとちかひてしゆくくはんさう いなく寺むをせられけるにいつしかおもひしことなれははい てんの神楽をなかくととめられにけりあけのたまかきも物 さひしくきねはなけきもふかけれとも神りよにまかせて/s185r k4-38 すきけるにそう正こんしやうののそみはのこる所なしりん しゆしやうねんこそいまはのそむ所なれとて又こもり給つつ 我うる所のほうみを心のままにたむけしに明神ゆめの うちにあらはれて法性の山をうこかしてしやうしのちりに 身をすてむちのなんしの後生ほたいをあはれみおもふ 所につつみのこゑすすのをとをととめてけちえんをとを さからしむるうらみやるかたもなけれはなんちかほうみを我 うけすとしめし給けるによりいかなるそせうなけきに もこれをととむることなしと申をきくにもいよいよたのも しくたうとくこそおほえ侍しかあけぬれは法花寺へた/s185l k4-39 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/185 [[towazu4-18|<>]]