とはずがたり ====== 巻4 11 かかるほどに後深草の院の皇子将軍に下り給ふべしとて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu4-10|<>]] かかるほどに、「後深草の院((後深草院))の皇子((久明親王))、将軍に下り給ふべし」とて、御所作り改め、ことさら華やかに、世の中、大名七人御迎へに参ると聞きし中に、平左衛門入道平左衛門入道((平頼綱・杲円))が二郎飯沼の判官((平資宗・飯沼資宗))、いまだ使の宣旨もかうぶらで新左衛門と申し候ふが、その中に上るに、「流され人((惟康親王を指す。))の上り給ひし跡をば通らじ」とて、足柄山とかやいふ所へ越え行くと聞こえしをぞ、みな人、「あまりなること」とは申し侍りし。 御下り近くなるとて、世の中ひしめくさま((「ひしめくさま」は底本「ひしめてさま」。))、ことあり顔なるに、今二・三日になりて、朝(あした)とく、「小町殿より」とて文あり。「何事か」とて見るに、思ひかけぬことなれども、平入道が御前、御方といふがもとへ、東二条院より五つ衣(きぬ)を下しつかはされたるが、調(てう)ぜられたるままにて、縫ひなどもせられぬを、申し合はせんとて、さりがたく申すに、「出家(しゆけ)の習ひ苦しからじ。その上、誰とも知るまじ。ただ京の人と申したりしばかりなるに」とて、あながちに申されしもむつかしくて、たびたびかなふましきよしを申ししかども、果ては相模の守((北条貞時))の文などいふものさへ取り添へて、何かと言はれし上、これにては何とも見沙汰する心地にてあるに、やすかりぬべきことゆゑ、何かとは言はれんもむつかしくて、まかりぬ。 相模の守の宿所の内にや、角殿(すみどの)とかやとぞ申しし。御所ざまの御しつらひは、常のことなり。これは金銀金玉(こんごんきんぎよく)をちりばめ、「光耀鸞鏡(くわうえうらんけい)を磨いて((『往生講式』による。「磨いて」は底本「みて」。))とはこれにや」と思え、解脱の瓔珞(やうらく)にはあらねども、綾羅錦繍(りようらきんしう)を身にまとひ、几帳の帷(かたびら)・引き物まで、目も輝き、あたりも光るさまなり。 御方とかや出でたり。地は薄青に紫の濃き薄き糸にて紅葉を大きなる木に織り浮かしたる唐織物の二つ衣に、白き裳(も)を着たり。見目・ことがら誇りかに、たけ高く大きなり。かくいみじと見ゆるほどに、入道、あなたより走り来て、袖短かなる白き直垂姿にて、慣れ顔に添ひゐたりしぞ、やつるる心地し侍りし。 御所((東二条院))よりの衣(きぬ)とて、取り出だしたるを見れば、蘇芳(すはう)の匂ひの内へまさりたる五つ衣に、青き単(ひとへ)重なりたり。上は地は薄々(うすうす)と赤紫に、濃き紫、青き((「青き」は底本「あきき」。))格子とを、片身(かたみ)替りに織られたるを、さまざまに取り違(ちが)へて、裁(た)ち縫ひぬ。重なりは内へまさりたるを((「まさりたるを」は底本「まいりたるを」。))、上へまさらせたれば、上は白く、二番は濃き紫などにて、いと珍(めづら)かなり。 「などかくは」と言へば、「御服所の人々も、『御暇なし』とて、知らずしに、これにてして侍るほどに」など言ふ。をかしけれども、重なりばかり取り直させなどするほどに、守(かう)の殿((相模守北条貞時))より使あり。「将軍の御所の御しつらひ、外様(とざま)のことはひき((「比企」・「日記」の誤写などの説がある。))にて、男たち沙汰し参らするが、常の御所の御しつらひ、京の人に見せよ」と言はれたる。「とは何事ぞ」と、むつかしけれども、行きかかるほどにては、憎いげして言ふべきならねば、参りぬ。 これは、さほどに目当てられぬほどのことにてもなく、うちまかせておほやけびたる御事どもなり。御しつらひのこと、ただ今とかく下知し言ふべきことなければ、御厨子の立て所暗く、御衣のかけやう、かくやあるべき」などにて帰りぬ。 [[towazu4-10|<>]] ===== 翻刻 ===== 御あとにといとくちおしかりしかかるほとに後ふかくさの院 の王子将くんにくたり給へしとて御所つくりあらためことさ らはなやかに世の中大名七人御むかへにまいるとききし/s175l k4-19 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/175 なかに平さへもん入たうか二郎いいぬまのほうくわんいまたつ かひのせんしもかうふらて新さへもんと申候かその中にの ほるになかされ人ののほり給しあとをはとをらしとてあし から山とかやいふ所へこえ行ときこえしをそみな人あまりなる こととは申侍し御下ちかくなるとて世のなかひしめてさまこと ありかほなるにいま二三日になりてあしたとくこまち 殿よりとてふみありなに事かとてみるにおもひかけぬこ となれとも平入道か御せん御かたといふかもとへ東二条院より 五きぬをくたしつかはされたるかてうせられたるままにてぬい なともせられぬを申あはせんとてさりかたく申にしゆけ のならひくるしからしそのうへたれともしるましたた京の/s176r k4-20 人と申たりしはかりなるにとてあなかちに申されしも むつかしくてたひたひかなふましきよしを申しかともはて はさかみのかみのふみなといふ物さへとりそへてなにかといはれし うへこれにてはなにともみさたする心ちにてあるにやすかり ぬへきことゆへなにかとはいはれんもむつかしくてまかりぬさか みのかみのすく所のうちにやすみとのとかやとそ申し御 所さまの御しつらひはつねのことなりこれはこんこんきんきよく をちりはめくはうようらんけいをみてとはこれにやと おほえけたつのやうらくにはあらねともれうらきん しうを身にまとひ木丁のかたひらひき物まてめもかかや きあたりもひかるさまなり御かたとかやいてたり地はうす/s176l k4-21 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/176 あをにむらさきのこきうすきいとにてもみちを大きなる木にお りうかしたるからをり物ゝ二きぬにしろきもをきたりみめことから ほこりかにたけたかくおほきなりかくいみしとみゆるほとに入たう あなたよりはしりきてそてみしかなるしろきひたたれすかたに てなれかほにそいいたりしそやつるる心ちし侍し御所よりの きぬとてとりいたしたるをみれはすわうのにほひのうちへま さりたる五きぬにあをきひとへかさなりたりうへは地はうすうすと あかむらさきにこきむらさきあききかうしとをかたみかはりに をられたるをさまさまにとりちかへてたちぬいぬかさなりはうち へまいりたるをうへへまさらせたれはうへはしろく二はむはこきむら さきなとにていとめつらかなりなとかくはといへは御ふく所の人々も/s177r k4-22 御ひまなしとてしらすしにこれにてして侍ほとになといふをかし けれともかさなりはかりとりなをさせなとするほとにかうの殿 よりつかひあり将くんの御所の御しつらひとさまの事はひきにて おとこたちさたしまいらするかつねの御所の御しつらひ京の人に みせよといはれたるとはなにことそとむつかしけれとも行かかる ほとにてはにくいけしていふへきならねはまいりぬこれはさほとに めあてられぬほとのことにてもなくうちまかせて大やけひたる 御ことともなり御しつらひのことたたいまとかく下ちしいふへき ことなけれは御つしのたて所くらく御きぬのかけやうかくや あるへきなとにて帰ぬすてに将くん御つきの日になりぬれは/s177l k4-23 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/177 [[towazu4-10|<>]]