とはずがたり ====== 巻3 17 いつしか有明の御文あり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu3-16|<>]] いつしか有明((有明の月))の御文あり。ほど近き所に御愛弟(あひてい)する稚児のもとへ入らせ給ひて((主語は有明の月))、それへ忍びつつ参りなどするも((主語は作者))、度重(たびかさ)なれば、人の物言ひさがなさは、やうやう天の下のあつかひぐさになると聞くもあさましけれど、「身のいたづらにならむもいかがせむ。さらば、片山里の柴の庵の住処(すみか)にこそ」なと仰せられつつ通ひ歩(あり)き給ふぞ、いとあさましき。 かかるほどに、神無月の末になれば、常よりも心地も悩ましく、わづらはしければ、心細く悲しきに、御所よりの御沙汰にて、兵部卿((四条隆親))その沙汰したるも、「露のわが身の置き所いかが」と思ひたるに、いといたう更くるほどに、忍びたる車の音して、門叩く。「富小路殿より、京極殿の御局の御わたりぞ」と言ふ。いと心得ぬ心地すれど、開けたるに、網代車(あじろぐるま)にいたうやつしつつ、入らせおはしましたり((主語は後深草院))。 思ひ寄らぬことなれば、あさましく、あきれたる心地するに、「さして言ふべきことありて」とて、細やかに語らひ給ひつつ、「さても、この有明のこと、世に隠れなくこそなりぬれ。わが濡れ衣さへ、さまざまをかしき節に取りなさるると聞くが、よによしなく思ゆる時に、このほど異方(ことかた)に心もとなかりつる人、かの今宵、亡くて生まれたると聞くを、『あなかま』とて、いまださなきよしにてあるぞ。ただ今も、これより出で来たらむをあれへやりて、ここのを亡きになせ。さて、そこの名は、少し人の物言ひぐさも静まらむずる。すさまじく聞くことのわびしさに、かくはからひたるぞ」とて、明けゆく鳥の声におどろかされて((「おどろかされて」は底本「をとろかれ○て」で○に「され」と傍書。すなわち「をとろかれされて」。))、返り給ひぬるも、浅からぬ((「浅からぬ」は底本「あさからぬか」))心ざしは嬉しきものから、昔物語めきて、よそに聞かん契りも、憂かりし節のただにてもなくて、度重なる契りも悲しく思ひゐたるに、いつしか文あり。 「今宵の式は珍らかなりつるも、忘れがたくて」と細やかにて、   荒れにける葎(むぐら)の宿の板廂(いたびさし)さすが離れぬ心地こそすれ とあるも、「いつまで」と心細くて、   あはれとて問はるることもいつまでと思へば悲し庭の蓬生(よもぎふ) [[towazu3-16|<>]] ===== 翻刻 ===== 大宮なるめのとかもとへいてぬいつしかあり明の御文あり/s132l k3-39 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/132 程ちかき所に御あひていするちこのもとへいらせ給ひて それへしのひつつまいりなとするもたひかさなれは人の ものいひさかなさはやうやう天のしたのあつかひくさになると きくもあさましけれと身のいたつらにならむもいかかせむ さらはかた山里のしはの庵のすみかにこそなとおほせら れつつかよひありき給そいとあさましきかかる程に神 無月のすゑになれはつねよりも心地もなやましくわつらはし けれは心ほそくかなしきに御所よりの御さたにて兵部卿 そのさたしたるも露の我身のをき所いかかとおもひたるに いといたうふくるほとにしのひたる車のおとして門たたく とみのかうちとのより京極とのの御つほねの御わたりそといふ/s133r k3-40 いと心えぬ心地すれとあけたるにあしろくるまにいたう やつしつついらせおはしましたりおもひよらぬことなれはあさま しくあきれたる心地するにさしていふへきことありてとてこ まやかにかたらひ給つつさてもこの有明のこと世にかくれなく こそ成ぬれ我ぬれきぬさへさまさまをかしきふしにとり なさるるときくかよによしなくおほゆる時にこのほとことかた にこころもとなかりつる人かのこよひなくてうまれたる ときくをあなかまとていまたさなきよしにてあるそたた いまもこれよりいてきたらむをあれへやりてここのを なきになせさてそこの名はすこし人の物いひくさも しつまらむするすさましくきくことのわひしさにかくはからひたる/s133l k3-41 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/133 そとてあけゆく鳥のこゑにをとろかれされて返給ぬるもあさ からぬか心さしはうれしき物からむかし物かたりめき てよそにきかんちきりもうかりしふしのたたにても なくてたひかさなるちきりもかなしくおもひゐたるにいつし か文ありこよひのしきはめつらかなりつるもわすれかたく てとこまやかにて   あれにけるむくらの宿の板ひさしさすかはなれぬ心地こそすれ とあるもいつまてと心ほそくて   あはれとてとはるることもいつまてとおもへはかなし庭のよもきふ/s134r k3-42 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/134 [[towazu3-16|<>]]