とはずがたり ====== 巻2 29 暮れぬれば例の初夜行ふついでに常座などせんとて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu2-28|<>]] 暮れぬれば、例の初夜行ふついでに、常座(ぜやうざ)などせんとて、持仏堂にさし入りたれば、いと齢(よはひ)かたぶきたる尼の、もとよりゐて、経読むなるべし。遠くで「菩提の縁」など言ふも頼もしきに、折戸開く音して、人の気配ひしひしとす。思ひあへず、誰なるべしとも思えず、仏の御前の明障子(あかりしやうじ)をちと開けたれば、御手輿(たごし)にて北面の下臈一・二人召し次ぎなとばかりにて御幸(ごかう)あり。 いと思はずにあさましけれども、目をさへふとみ見合せ奉りぬる上は、逃げ帰るべきにあらねば、つれなくゐたる所へ、やかて御輿(みこし)を寄す。降りさせおはしまして、「ゆゆしく尋ね来にける」など仰せあれども、ものも申さでゐたるに、「御輿をばかき帰して、御車したためて参れ」と仰せあり。御車待ち給ふほど、「この世のほかに思ひ切ると見えしより、尋ね来るに」と、いくらも仰せられて、「兵部卿((四条隆親))が恨みに、われさへ」など承るもことわりなれども、「なべて憂き世を、かかるついでに思ひ遁れたく侍る」よし申すに、「嵯峨どのへなりつるが、思ひがけず、かくと聞きつるほどに、例の人づてには、またいかがと思ひて、『伏見殿へ入らせおはします』とて、立ち入らせ給ひたり。何と思はむにつけても、このほどのいぶせさも、静かに」と、さまざま承はれば、例の心弱さは、御車に参りぬ。 夜もすがら、「われ知らせ給はぬ御事、またこの後も、いかなることありとも、人に思し召し落さじ」など、内侍所、大菩薩ひきかけ承るもかしこければ、参り侍るべきよしを申しぬるも、「なほ憂き世出づべき限りの遠かりけるにや」と、心憂きに、明け離るるほどに還御なる。 「『御供にやがて、やがて』と仰せあれば、つひに参るべからんものゆゑへは」と思ひて参りぬ。局(つぼね)もみな里へ移してければ、京極殿の局へぞまかり侍りし。世に従ふ習ひも今さらすさまじきに、晦日(つごもり)ごろにや、御所にて帯をしぬるにも、思ひ出づる数々多かり。 [[towazu2-28|<>]] ===== 翻刻 ===== とかなしくれぬれはれいのしよやおこなふつゐてにせうさ なとせんとて持仏たうにさし入たれはいとよはひかたふ きたるあまのもとよりゐて経よむなるへしとをくて ほたいのゑんなといふもたのもしきにおりとあくをとして 人のけはひひしひしとすおもひあへすたれなるへしとも 覚すほとけの御まへのあかりしやうしをちとあけたれは 御たこしにて北めんの下らう一二人めしつきなとはかりにて 御かうありいとおもはすにあさましけれともめをさへ/s99l k2-69 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/99 ふとみあはせたてまつりぬるうへはにけかへるへきにあらねは つれなくいたる所へやかて御こしをよすおりさせおはしまし てゆゆしくたつねきにけるなとおほせあれとも物も申さて ゐたるに御こしをはかきかへして御くるましたためてまいれと おほせあり御くるま待たまふほとこの世のほかにおもひきると みえしよりたつねくるにといくらもおほせられて兵部卿かうらみ に我さへなとうけたまはるもことはりなれともなへてうき世を かかるついてに思のかれたく侍よし申にさかとのへなりつるか おもひかけすかくとききつるほとにれいの人つてには又 いかかとおもひてふしみ殿へいらせおはしますとてたちいら せ給たりなにとおもはむにつけてもこのほとのいふせさも/s100r k2-70 心しつかにとさまさまうけ給はれはれいの心よはさは御車に まいりぬ夜もすから我しらせたまはぬ御事又この後もいか なること有とも人におほしめしおとさしなとないし所大ほ さつひきかけうけ給はるもかしこけれはまいり侍るへきよし を申ぬるもなをうき世出へきかきりのとをかりけるにやと 心うきにあけはなるるほとに還御なる御ともにやかてやかてと おほせあれはつゐにまいるへからん物ゆへはとおもひてまいりぬ つほねもみなさとへうつしてけれは京こく殿のつほねへそ まかり侍し世にしたかふならひもいまさらすさましきに つこもり比にや御所にておひをしぬるにもおもひいつる かすかすおほかりさても夢のおも影の人につらひなを/s100l k2-71 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/100 [[towazu2-28|<>]]