とはずがたり ====== 巻2 7 さるほどに両院御仲心良からぬこと悪しく東ざまに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu2-06|<>]] さるほどに、両院((後深草院と亀山院))、御仲心良からぬこと、悪しく東ざま((鎌倉幕府))に思ひ参らせたるといふこと聞こえて、この御所へ新院((亀山院。底本、「せんりんし殿(禅林寺殿)」と傍注。))御幸(ごかう)あるべしと申さる。 かかり御覧ぜらるべしとて、御鞠あるべしとてあれば、「いかで、いかなるべき式ぞ」と、近衛の大殿((鷹司兼平))へ申さる。「いたくこと過ぎぬほどに、九献(くこん)御鞠の中に御装束直さるる折、御柿ひたし参ることあり。女房して参らせらるべし」と申さる。「女房は誰にてか」と御沙汰あるに、「御年ごろなり。さるべき人柄なれば」とて、この役を承る。樺桜(かばざくら)七つ・裏山吹(うらやまぶき)の表着(うはぎ)・青色唐衣((「唐衣」は底本「から花」))・紅(くれなゐ)の打衣(うちぎぬ)・生絹(すずし)の袴にてあり。浮き織物の紅梅の匂ひの三つ小袖、唐綾の二つ小袖なり。 御幸なりぬるに、御座を対座(たいざ)にまうけたりしを、新院御覧ぜられて、「前院((後嵯峨院))の御時、定めおかれにしに、御座のまうけやう悪(わろ)し」とて、長押の下へ下ろさるる所に、主(あるじ)の院((後深草院))、出でさせ給ひて、「朱雀院の行幸には、主の座を対座にこそなされしに、今日の出御には御座を下ろさるる、異様(ことやう)に侍り」と申されしこそ、「優(いう)に聞こゆ」など、人々申し侍りしか。 ことさら式の供御参り、三献果てなどして後、東宮入らせおはしまして、御鞠ある。半ば過ぐるほどに、二棟(ふたむね)の東(ひむがし)の妻戸へ入らせおはします所へ、柳筥(やないばこ)に御土器(かはらけ)をすゑて、金(かね)の御提子(ひさげ)に御柿浸し入れて、別当殿、松襲(まつかさね)の五衣(いつつぎぬ)に紅の打衣(うちぎぬ)、柳の表着、裏山吹の唐衣にてありしに、持たせて参りて、取りて参らす。「まづ飲め」と御言葉かけさせ給ふ。暮れかかるまで御鞠ありて、松明(せうめい)取りて還御。 次の日、仲頼((作者乳母子。亀山院近習。))して御文あり。   いかにせんうつつともなき面影を夢と思へば覚むる間もなし 紅の薄様にて柳の枝に付けらる。「さのみ御返しをだに申さぬも、かつは便なきやうにや」とて、縹(はなだ)の薄様に書きて、桜の枝に付けて、   うつつとも夢ともよしや桜花咲き散るほどと常ならぬ世に その後も、たびたびうちしきり承りしかども、師親の大納言((北畠師親))住む所へ、車乞ひて帰りぬ。 [[towazu2-06|<>]] ===== 翻刻 ===== いとおかしさるほとに両院御なか心よからぬ事あしく/s72l k2-15 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/72 東さまにおもひまいらせたるといふ事きこえてこの御所へ新院(せんりんし殿) 御かう有へしと申さるかかり御らんせらるへしとて御まり有へし とてあれはいかていかなるへきしきそと近衛の大殿へ申 さるいたく事過ぬほとに九こん御まりの中に御しやう そくなをさるるをり御かきひたしまいる事あり女房して まいらせらるへしと申さる女房はたれにてかと御さたあるに 御としころなりさるへき人からなれはとてこのやくをうけ たまはるかはさくら七うら山ふきのうはきあを色から花 くれなゐのうちきぬすすしのはかまにてありうきをり物 のこうはいのにほひの三小袖からあやの二小袖なり御かう なりぬるに御座をたいさにまうけたりしを新院/s73r k2-16 御覧せられて前院御時さためをかれにしに御座のまうけ やうわろしとてなけしの下へおろさるる所にあるしの 院いてさせ給て朱雀院の行幸にはあるしの座を たい座にこそなされしに今日の出御には御座をおろ さるることやうに侍と申されしこそいうにきこゆなと人々 申侍しかことさらしきのく御まいり三こんはてなとして 後東宮いらせおはしまして御まりあるなかは過るほとに ふたむねのひむかしのつまとへいらせおはします所へやな いはこに御かはらけをすへてかねの御ひさけに御かきひたし 入て別当殿松かさねの五きぬにくれなゐのうちきぬ やなきのうはきうらやまふきのからきぬにて有しにもたせて/s73l k2-17 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/73 まいりてとりてまいらすまつのめと御ことはかけさせ給ふ くれかかるまて御まり有てせうめいとりて還御つきの 日仲よりして御ふみあり    いかにせんうつつともなき面影を夢とおもへはさむるまもなし くれなゐのうすやうにてやなきの枝につけらるさのみ 御返をたに申さぬもかつはひんなきやうにやとて花たの うすやうにかきてさくらの枝につけて    うつつとも夢ともよしやさくらはなさきちる程とつねならぬよに そののちもたひたひうちしきりうけたまはりしかとももろちか の大納言すむ所へ車こひてかへりぬまことや六条殿の/s74r k2-18 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/74 [[towazu2-06|<>]]