とはずがたり ====== 巻2 6 かくて三月のころにもなりぬるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu2-05|<>]] かくて、三月(やよひ)のころにもなりぬるに、例の後白河院御八講にてあるに、六条殿長講堂(ちやかうだう)は無ければ、正親町(おほぎまち)の長講堂にて行なはる。結願(けちぐわん)十三日に、御幸(ごかう)なりぬる間に、御参りある人((後の「有明の月」))あり。 「還御待ち参らすべし」とて、候はせ給ふ。二棟(ふたむね)の廊(らう)に御渡りあり。参りて見参(けざん)に入りて、「還御はよくなり侍らん」など申して、帰らんとすれば、「しばし、それに候へ」と仰せらるれば、何の御用とも思えねども、そぞろき逃ぐべき御人柄ならねば、候ふに、何となき御昔語り、「故大納言((筆者父、久我雅忠))が常に申し侍りしことも、忘れず思し召さるる」など仰せらるるも、なつかしきやうにて、のどのどうち向ひ参らせたるに、何とやらむ、思ひのほかなることを仰せられ出だして、「仏も心汚なき勤めとや思し召すらんと思ふ」とかや承るも、思はずに不思議なれば、何となく紛らかして、立ち退かんとする袖をさへひかへて、「いかなる暇(ひま)とだに、せめては頼めよ」とて、まことに偽りならず見ゆる御袖の涙もむつかしきに、「還御」とてひしめけば、引き放ち参らせぬ。 思はずながら、「不思議なりつる夢とや言はん」など思えてゐたるに、御対面(たいめん)ありて、「久しかりけるに」などとて、九献(くこん)勧め申さるる。御陪膳をつとむるに、「心の中を人や知らん」と、いとをかし。 [[towazu2-05|<>]] ===== 翻刻 ===== 事ともなりかくてやよひのころにもなりぬるにれいの後白 河院御八かうにてあるに六条殿ちやかうたうはなけれは おほきまちのちやうかうたうにておこなはるけちくわん 十三日に御かうなりぬるまに御まいりある人あり還御まち まいらすへしとて候はせ給ふたむねのらうに御わたり 有まいりてけさんに入て還御はよく成侍らんなと申て かへらんとすれはしはしそれに候へとおほせらるれはなにの 御ようとも覚えねともそそろきにくへき御人からならねは 候になにとなき御むかしかたりこ大納言かつねに申侍し 事も忘すおほしめさるるなとおほせらるるもなつ/s72r k2-14 かしきやうにてのとのとうちむかひまいらせたるになにとや らむおもひのほかなる事をおほせられいたして仏も心きた なきつとめとやおほしめすらんとおもふとかやうけ給はるも おもはすにふしきなれは何となくまきらかしてたちのかん とする袖をさへひかへていかなるひまとたにせめてはたのめ よとてまことにいつはりならすみゆる御袖のなみたもむつかし きに還御とてひしめけはひきはなちまいらせぬおもはす なからふしきなりつる夢とやいはんなとおほえてゐたる に御たいめん有てひさしかりけるになととて九こんすすめ 申さるる御はいせんをつとむるにこころの中を人やしらんと いとおかしさるほとに両院御なか心よからぬ事あしく/s72l k2-15 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/72 [[towazu2-05|<>]]