とはずがたり ====== 巻1 41 今日はめづらしき御方の御なぐさめに何事かなど・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu1-40|<>]] 「今日はめづらしき御方((斎宮))の御なぐさめに、何事か」など、女院の御方へ申されたれば、「ことさらなることも侍らず」と返事あり。隆顕の卿((四条隆顕))に九献の式あるべき御気色ある。 夕方になりて、したためたるよし申す。女院の御方へ、ことのよし申して、入れ参らせらる。いづ方にも御入り立ちなりとて、御酌(しやく)に参る。三献(さんこん)までは、御空盃(からさかづき)、その後、「あまりに念なく侍るに」とて、女院、御盃を斎宮へ申されて、御所に参る。御几帳を隔てて長押(なげし)の下(しも)へ、実兼(さねかぬ)((西園寺実兼))・隆顕召さる。御所の御盃を給はりて、実兼にさす。「雑掌(ざしやう)なる」とて、隆顕に譲る。「思ひざしは力なし」とて、実兼、その後隆顕。 女院の御方、「故院((後嵯峨院))の御ことの後は、めづらしき御遊びなどもなかりつるに、今宵なん、御心落ちて御遊びあれ」と申さる。女院の女房召して、琴弾かせられ、御所へ御琵琶召さる。西園寺((西園寺実兼))も給はる。兼行、篳篥(ひちりき)吹きなどして、更け行くままに、いとおもしろし。公卿二人して、神楽歌ひなどす。また善勝寺((四条隆顕))、例のせれうの里、数(かず)へなどす。 いかに申せども、斎宮、九献を参らぬよし申すに、御所、「御酌に参るべし」とて、御銚子を取らせおはします折、女院の御方、「御酌を御勤め候はば((「候はば」は底本「御いい」。))こゆるぎの磯ならぬ御肴(さかな)の候へかし」と申されしかば、   売炭(ばいたん)の翁はあはれなり   おのれが衣は薄けれど   薪を取りて   冬を待つこそ悲しけれ といふ今様を歌はせおはします。いとおもしろく聞こゆるに、「この御盃を、われわれ給はるべし」と、女院の御方申させ給ふ。三度(さんど)参りて、斎宮へ申さる。また御所、持ちて入らせ給ひたるに、「『天子には父母なし』とは申せども、十善の床(ゆか)を踏み給ひしも、卑しき身の恩にましまさずや」など、御述懐(すくわい)ありて、御肴を申させ給へば、「生をうけてよりこの方(かた)、天子の位を踏み、太上天皇の尊号をかうぶるにいたるまで、君の御恩ならずといふことなし。いかでか、御命(めい)を軽(かろ)くせむ」とて、   御前(おまへ)の前なる亀岡に   鶴こそ群れゐて遊ぶなれ   齢(よはひ)は君がためなれば   天(あめ)の下こそのどかなれ といふ今様を三返ばかり歌はせ給ひて、三度(さんど)申させ給ひて、「この御盃は給ふべし」とて、御所に参りて、「実兼は傾城の思ひざししつる、うらやましくや」とて、隆顕に給ふ。その後、殿上人の方へ下(おろ)されて、ことども果てぬ。 「今宵はさだめて入らせおはしまさむずらん」と思ふほどに、「九献過ぎて、いとわびし。御腰打て」とて、御殿籠りて明けぬ。斎宮も今日は御帰りあり。 この御所の還御、今日は今林殿へなる。准后(じゆごう)((四条貞子))、御風の気おはしますとて、今宵はまたこれに御とどまりあり。次の日ぞ、京の御所へ入らせおはしましぬる。 [[towazu1-40|<>]] ===== 翻刻 ===== なくなとはかりにてありけるとかやけふはめつらしき御 かたの御なくさめになに事かなと女院御かたへ申された れはことさらなることも侍らすと返事ありたかあきの 卿にくこんのしきあるへき御けしきある夕かたにな りてしたためたるよし申女院の御方へことのよし申て いれまいらせらるいつかたにも御いりたちなりとて御しやく にまいる三こんまては御からさかつきその後あまりに ねんなく侍にとて女院御さかつきを斎宮へ申されて/s54r k1-98 御所にまいる御木丁をへたててなけしのしもへさねかぬ たかあきめさる御所の御さか月を給はりてさねかぬにさす さしやうなるとてたかあきにゆつる思さしはちからなし とてさねかぬそののちたかあき女院の御かたこ院の御 ことののちはめつらしき御あそひなともなかりつるにこよひ なん御心おちて御あそひあれと申さる女院の女房 めしてことひかせられ御所へ御ひわめさるさいをむしも 給かね行ひちりき吹なとしてふけ行ままにいとおもし ろし公卿二人してかくらうたひなとす又せむせう寺れ いのせれうのさとかすへなとすいかに申せとも斎宮く こんをまいらぬよし申に御所御しやくにまいるへしとて/s54l k1-99 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/54 御てうしをとらせおはしますおり女院の御かた御 しやくを御つとめ御いいこゆるきのいそならぬ御さかなの 候へかしと申されしかは  はいたんのおきなはあはれ也をのれか衣はうすけれと たききをとりて冬をまつこそかなしけれといふいま やうをうたはせおはしますいとおもしろくきこゆるに この御さかつきを我々給はるへしと女院の御かた申させ 給三とまいりて斎宮へ申さる又御所もちていらせ給 たるに天子には父母なしとは申せとも十善のゆかを ふみ給しもいやしき身のおんにましまさすやなと 御すくわゐありて御さかなを申させ給へは生を/s55r k1-100 うけてよりこのかたてんしの位をふみ太上天皇の 尊号をかうふるにいたるまて君の御をんならすと いふことなしいかてか御めいをかろくせむとて  おまへのまへなるかめをかにつるこそむれゐて  あそふなれよはひは君かためなれはあめの下こそのとかなれ といふいまやうを三返はかりうたはせ給て三と申させ 給てこの御さか月は給へしとて御所にまいりてさねかぬは けいせいのおもひさししつるうらやましくやとてたか あきに給ふそののち殿上人のかたへおろされて事 ともはてぬこよひはさためていらせおはしまさむすら んと思ほとにくこんすきていとわひし御こしうて/s55l k1-101 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/55 とて御とのこもりてあけぬ斎宮もけふは御帰ありこの 御所の還御けふはいまはやし殿へなるしゆこう御 風の気おはしますとてこよひは又これに御ととまりあり つきの日そ京の御所へいらせおはしましぬる還御の/s56r k1-102 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/56 [[towazu1-40|<>]]