とはずがたり ====== 巻1 39 明けぬれば今日斎宮へ御迎へに人参るべしとて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu1-38|<>]] 明けぬれば、「今日、斎宮へ御迎へに人参るべし」とて、女院の御方より、御牛飼・召次(めしぎ)・北面の下臈など参る。心ことに出でさせおはしまして、「御見参あるべし」とて、吾亦紅(われもかう)織りたる枯野の甘(かん)の御衣(おんぞ)に、竜胆(りんだう)織りたる薄色の御衣(ぞ)、紫苑色((「紫苑色」は底本「しけん色」))の御指貫、いといたう薫きしめ給ふ。 夕方になりて、「入らせ給ふ」とてあり。寝殿の南面(みなみおもて)取り払ひて、鈍色(にぶいろ)の几帳取り出だされ、小几帳など立てられたり。御対面ありと聞こえしほどに、女房を御使ひにて、「前斎宮(ぜんさいくう)の御渡り、あまりにあひなく寂しきやうに侍るに、入らせ給ひて、御物語候へかし」と申されたりしかば、やがて入らせ給ひぬ。御太刀持て、例の御供に参る。 大宮院、顕紋紗(けんもしや)の薄墨の御衣(ころも)、鈍色(にぶいろ)の御衣(ぞ)引きかけさせ給ひて、同じ色の小几帳立てられたり。斎宮、紅梅の三御衣(みつおんぞ)に青き御単(ひとへ)ぞ、なかなかむつかしかりし。御傍親(ばうしん)とてさぶらひ給ふ女房、紫の匂ひ五つにて、物の具などもなし。斎宮は二十(はたち)に余り給ふ。ねび整ひたる御さま、神も名残を慕ひ給ひけるもことわりに、花と言はば桜に喩へても、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬる暇も、いかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、まして隈(くま)なき御心の内は、いつしか、いかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞ思えさせ給ひし。 御物語ありて、神路(かみぢ)の山((神路山))の御物語など、絶え絶え聞こえ給ひて、「今宵はいたう更け侍りぬ。のどかに明日は嵐の山の禿(かぶろ)なる木末(こずゑ)どもも御覧じて、御帰りあれ」など申させ給ひて、我御方へ入らせ給ひて、いつしか、「いかがすべき、いかがすべき」と仰せあり。「思ひつることよ」と、をかしくてあれば、「幼くより参りししるしに、このこと申しかなへたらむ、まめやかに心ざしありと思はむ」など仰せありて、やがて御使に参る。 ただおほかたなるやうに、「御対面嬉しく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつつ文あり。氷襲(こほりがさね)の薄様にや、   知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは [[towazu1-38|<>]] ===== 翻刻 ===== なかすけためかたかね行すけ行なとそ侍ける明ぬれは/s51r k1-92 けふ斎宮へ御むかへに人まいるへしとて女院の御かたより 御うしかいめしつき北面の下臈なとまいる心ことにいて させおはしまして御けんさむあるへしとてわれもかう をりたるかれののかんの御そにりんたうをりたるうす色 の御そしをん色の御さしぬきいといたうたきしめたまふ 夕かたになりていらせ給とてありしんてむのみなみおもて とりはらひてにふ色の木丁とり出されこ木丁なとたて られたり御たいめむありときこえし程に女房を御つかひ にてせんさい宮の御わたりあまりにあひなくさひしきやうに 侍にいらせ給て御物かたり候へかしと申されたりしかはやか ていらせ給ぬ御たちもてれいの御ともにまいる大宮院けん/s51l k1-93 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/51 もしやのうすすみの御ころもにふ色の御そひきかけさせ給 ておなし色のこ木丁たてられたり斎宮こうはいの三御 そにあをき御ひとへそ中々むつかしかりし御はうしんと てさふらひ給女房むらさきのにほひ五にてものの具なとも なしさい宮は廿にあまり給ねひととのひたる御さま神も 名残をしたひ給けるもことわりに花といはは桜にたとへ てもよそめはいかかとあやまたれかすみの袖をかさぬるひ まもいかにせましと思ぬへき御ありさまなれはまして くまなき御心のうちはいつしかいかなる御物おもひのたねに かとよそも御心くるしくそおほえさせ給し御物かたり ありて神地の山の御物かたりなとたえたえきこえ給てこ/s52r k1-94 よひはいたうふけ侍ぬのとかにあすはあらしの山のかふろ なる木すゑともも御らむして御帰あれなと申させ給て 我御かたへいらせ給ていつしかいかかすへきいかかすへきとおほせあり 思つる事よとをかしくてあれはおさなくよりまいりし しるしにこの事申かなゑたらむまめやかに心さしありと おもはむなとおほせありてやかて御つかひにまいるたた大かた なるやうに御たいめむうれしく御たひねすさましくや なとにて忍つつ文ありこほりかさねのうすやうにや  しられしないましもみつる面影のやかて心にかかりけりとは/s52l k1-95 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/52 [[towazu1-38|<>]]