とはずがたり ====== 巻1 11 このたびは姫宮にてはわたらせ給へども・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu1-10|<>]] このたびは姫宮((後の遊義門院・姈子内親王))にてはわたらせ給へども、法皇((後嵯峨法皇))、ことにもてなしまいらせて、五夜・七夜などことに侍りしに、七夜の夜(よ)、ことども果てて、院の御方の常の御所にて御物語あるに、丑の時ばかりに、橘の御局(つぼね)に、大風の吹く折りに、荒き磯に波の立つやうなる音、おびたたしくするを、「何事ぞ、見よ」と仰せあり。 見れば、頭(かしら)はかいふ((「土器(かはらけ)」・「匙(かひ)」・「卵(かひご)」「海賦」などの説がある。))と言ふ物のせいにて、次第に盃(さかづき)ほど、陶器(すへき)ほどなるものの、青めに白きが、続きて十ばかりして、尾は細長にて、おびたたしく光りて、飛び上り飛び上りする。「あな悲し」とて逃げ入る。 廂(ひさし)に候ふ公卿たち、何か見騒ぐ。「人魂(ひとだま)なり」と言ふ。「大柳の下に、布海苔(ふのり)といふ物を溶きて、うち散らしたるやうなる物あり」などののしる。 やがて御占(おんうら)あり。法皇の御方の御魂(たま)のよし((「よし」は底本「はし」))、奏し申す。今宵より、やがて招魂(せうこ)の御祭、泰山府君(たいざむふく)など祭らる。 かくて、長月のころにや、法皇御悩みと言ふ。腫るる御ことにて、御灸いしいしとひしめきけれども、さしたる御験(しるし)もなく、日々に重る御気色のみありとて、年も暮れぬ。 [[towazu1-10|<>]] ===== 翻刻 ===== けんしやのろくいしいしはつねの事なりこのたひはひめ宮 にてはわたらせ給へとも法皇ことにもてなしまいらせて五夜 七夜なとことに侍しに七夜のよことともはてて院の御かたの つねの御所にて御物かたりあるにうしの時はかりにたちは なの御つほねに大風の吹をりにあらきいそに浪のたつやうなる をとおひたたしくするをなに事そ見よとおほせありみれは/s16r k1-22 かしらはかいふといふもののせいにてしたいにさかつきほとすへき 程なるもののあをめにしろきかつつきて十はかりしてをは ほそなかにておひたたしくひかりてとひあかりとひあかりするあな かなしとてにけ入ひさしに候公卿たちなにかみさはく人たま なりといふ大やなきの下にふのりといふ物をときてうちち らしたるやうなる物ありなとののしるやかて御うらあり法皇 の御かたの御たまのはしそうし申こよひよりやかてせうこの 御まつりたいさむふくなとまつらるかくて長月の比にや 法皇御なやみといふはるる御ことにて御きういしいしと ひしめきけれともさしたる御しるしもなく日々にをもる 御けしきのみありとてとしもくれぬあらたまのとしとも/s16l k1-23 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/16 [[towazu1-10|<>]]