[[index.html|土佐日記]] ====== 1月11日 奈半の泊〜羽根 ====== ===== 校訂本文 ===== [[se_tosa19|<>]] 十一日、暁(あかつき)に船を出だして室津(むろつ)を追ふ。人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。ただ月をみてぞ、西東(にしひんがし)をば知りける。かかる間に、みな夜明けて、手洗ひ、例のことどもして、昼になりぬ。 今し、羽根(はね)といふ所に来ぬ。若き童(わらは)、この所の名を聞きて、「羽根といふところは、鳥の羽のやうにやある」と言ふ。まだ幼き童のことなれば、人々笑ふ。 ときにありける女童(をんなわらは)なむ、この歌を詠める。  まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな とぞ言へる。男も女も、「いかでとく京へもがな」と思ふ心あれば、この歌よしとにはあらねど、「げに」と思ひて、人々忘れず。 この羽根といふところ問ふ童のついでにぞ、また昔(むかし)へ人((亡くなった娘))を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。今日はまして母の悲しがらるることは、下りし時の人の数足らねば、古歌(ふるうた)に、「数は足らでぞ帰るべらなる((古今和歌集412「北へゆく雁ぞ鳴くなる連れて来し数は足らでぞ帰るべらなる」))」といふことを思ひ出でて、人の詠める、   世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな と言ひつつなむ。 [[se_tosa19|<>]] ===== 翻刻 ===== 十一日あかつきにふねをいたしてむろ つをおふひとみなまたねたれは/kd-20l https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/20?ln=ja うみのありやうもみへすたたつき をみてそにしひんかしをはしり けるかかるあひたにみなよあけてて あらひれいのことともしてひるになりぬ いましはねといふところにきぬわかき わらはこのところのなをききてはねと いふところはとりのはねのやうにやあると いふまたをさなきわらはのことなれは ひとひとわらふときにありけるをん/kd-21r なわらはなむこのうたをよめる まことにてなにきくところはねなら はとふかことくにみやこへもかなとそ いへるをとこもをんなもいかてとく京へも かなとおもふこころあれはこのうたよしとに はあらねとけにとおもひてひとひとわすれ すこのはねといふところとふわらはの ついてにそまたむかしへひとをおもひ いてていつれのときにかわするるけふは ましてははのかなしからるることは/kd-21l https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/21?ln=ja くたりしときのひとのかすたらねは ふるうたにかすはたらてそかへるへら なるといふことをおもひいててひとのよめる よのなかにおもひやれともこをこふる おもひにまさるおもひなきかなといひ つつなむ/kd-22r https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/22?ln=ja