[[index.html|篁物語]] ====== 1-4 さてこの女願ありて如月の初午に稲荷に参りけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[s_takamura1-03|<>]] さてこの女、願(ぐわん)ありて、如月の初午(はつむま)に、稲荷((伏見稲荷大社))に参りけり。供に人多くもあらで、大人二人、童(わらは)二人ありける。大人は色々の袿(うちぎ)、二人は同じをなん着たりける。君は綾(あや)の掻練(かいねり)の単襲(ひとへがさね)、唐(から)の羅(うすもの)の桜色の細長(ほそなが)着て、花染(はなぞめ)の綾の細長おりてぞ着たりける。髪はうるはしくて、たけに一尺ばかり余りて、頭(かしら)つきいと清げなり。顔もあやしう世人(よひと)には似ずめでたうなんありける。男(を)の童三・四人、さてはこの兄(せうと)ぞありける。まほにはあらねど、先立ち遅れて来ける詣でざまに、困じにけれは、兄いとほしがりて、「篁にかかり給へ」とて寄りければ、「いで、いないな」と言ひて、道中にいにけり。 さる程に、兵衛佐がりの人、かたち清げにて、年二十ばかりなりけるが詣で合ひて、かへさに、女のみちにゐたる、「あな苦し。かくてやは出で立ち給へる」。もの妬みして男申すに、「かもは車作りて、乗せ奉りて、このわたりなるきさきの峰にすゑ奉らむ。女の事にはたいわう、さかとには誰をか」と((底本「と」と次の「いふほど」の間に数文字空白。このあたり文意がよく分からない。))言ふほどに、暮れにければ、破子(わりご)探して食はせんとするに、この佐(すけ)をやり過ぐす。この男、休むやうにて下りて、   人知れず心ただすの神ならば思ふ心を空に知らなん 返し、  社(やしろ)にもまだ巫覡(きね)すゑず石神(いしがみ)は知ることかたし人の心を またもおこせけれど、この兄(せうと)、急がして車に乗せて率(ゐ)ていぬ。 この佐、人をつけて、「いづくにか率ていぬる」と見せければ、その家と見てけり。 朝(あした)に文(ふみ)あり。神の教へ給へしかばなん、さして奉る。かの石神の御もとにて、今日あらば」、文を取り入れて見れば、この兄(せうと)出で走りて、「父ぬし聞き給ふに。いともの騒がしく。この童(わらは)はいづくから来たるぞ。いづれの好き者の使ぞ」と言ひければ、「御文は奉らせつれど、昨日いませしぬしの、『いづれの使ぞ』との給ふを、内からは翁びたる声にて、『何事ぞ』などのたまひつれば、わづらはしさになん詣で来ぬる」と言ひければ、「たうめの童」と言ひて、またの朝(あした)に、「昨日の御返し、たびたびいとおぼつかなし。この童の、あとはかなくて詣で来にしかば、   あとはかもなくやなりにし浜千鳥おぼつかなみに騒ぐ心か [[s_takamura1-03|<>]] ===== 翻刻 ===== つねにつくり返けるさてこの女願 ありてきさらきのはつむまに いなりにまいりけりともに人お ほくもあらておとな二人わらは 二人ありけるおとなは色々の うちきふたりはおなしをなん きたりける君はあやのかひねりの/s8l https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/8 ひとへかさねからのうすもののさ くら色のほそなかきてはなそめの あやのほそなかおりてそきたりける かみはうるはしくてたけに一尺は かりあまりてかしらつきいときよけな りかほもあやしうよ人にはにすめ てたうなんありけるをのわらは 三四人さてはこのせうとそあり けるまほにはあらねとさきたち をくれてきけるまうてさまにこう/s9r しにけれはせうといとおしかりて たかむらにかかり給へとてよりけ れはいていないなといひて道中に ゐにけりさる程に兵衛佐かりの 人かたちきよけにてとし廿はかり なりけるかまうてあひてかへさに 女のみちにゐたるあなくるし かくてやはいてたち給へる物ねた みしておとこ申にかもは車つくり てのせたてまつりてこのわたり/s9l https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/9 なるきさきのみねにすゑたてま つらむ女の事にはたいわうさかと にはたれをかと     いふほと にくれにけれはわりこさかしてく わせんとするにこのすけをやりす くすこの男やすむやうにておりて  人しれす心たたすの神ならは  おもふ心を空にしらなん かへし  やしろにもまたきねすへすいしかみは/s10r  しることかたし人のこころを 又もおこせけれとこのせうといそか して車にのせてゐていぬこの すけ人をつけていつくにかいてゐ ぬると見せけれはその家とみて けりあしたにふみあり神のをしへ たまへしかはなんさしてたて まつるかのいしかみの御もとにてけふ あらはふみをとり入てみれはこの せうといてはしりてちちぬし/s10l https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/10 ききたまふにいと物さはかしくこの わらははいつくからきたるそい つれのすき物の使そといひけれ は御ふみはたてまつらせつれと 昨日いませしぬしのいつれの使 そとの給をうちからはおきなひた るこゑにてなに事そなとの給つ れはわつらはしさになんまうて きぬるといひけれはとうめのわらは といひて又のあしたに昨日の御かへし/s11r たひたひいとおほつかなしこのわらは のあとはかなくてまうてきに しかは  あとはかもなくやなりにしはま千鳥  おほつかなみにさはくこころか/s11l https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/11