[[index.html|醒睡笑]] 巻8 秀句
====== 6 百姓の福力なるあり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
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百姓の福力(ふくりき)なるあり。惣領(そうりやう)の子、才智あれば、笛を稽古させけり。明け暮れ、謡の、小鼓の、大皷のとて、出入りの絶ゆることなし。
祖父は隠居の身ながら、「こはそも何事ぞ。稼穡(かしよく)の艱難(かんなん)を忘れ、紡績(ばうせき)の辛苦を無になし、わが家の業(わざ)((底本表記「諺」。))をばよそに見て、身代((底本表記「身体」))の果てんずるを」と悲しびゐけり。
かくて三年過ぐる冬十月、芸者あまた集め、おびたたしき囃(はやし)を興行する座敷へ、しきりに祖父を呼び出だせば、辞退もかなはず出でぬ。孫一番吹いて、どつと讃め、人みな声をそろへ、「さて祖父の歓喜、さこそ」などとりはやしたるに、祖父、「されば人の耳には笛の音の何と入り候ふや。われが耳には、『田うらふ、田うらふ』とよりほか別(べち)の音は入らぬ」と。
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===== 翻刻 =====
一 百姓の福力なるあり惣領の子才智あれは笛
を稽古させけり明暮謡の小鼓の大皷の
とて出入のたゆる事なし祖父は隠居の身/n8-45r
なからこはそも何事そ稼穡の艱難をわす
れ紡績の辛苦を無になし我家の諺をば
よそにみて身体のはてんするをとかなしひゐけ
りかくて三年過る冬十月藝者あまたあつめ
おひたたしきはやしを興行する座敷へ頻に
祖父をよひ出せは辞退もかなはす出ぬ孫一番
ふいてとつとほめ人みな声をそろへさて
祖父の歓喜さこそなととりはやしたるに
祖父されは人の耳には笛のねのなにと入候哉/n8-45l
われか耳には田うらふ田うらふとより外別の音
はいらぬと/n8-46r