[[index.html|醒睡笑]] 巻8 頓作 ====== 14 宗長紫野に居住の時延暦寺なる知音の坊より人を出だし・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho8-013|<>]] 宗長、紫野に居住の時、延暦寺なる知音の坊より人を出だし、「俳諧の発句望み候ふ。この夕(ゆふべ)、夜咄(よばなし)にたより、われ人案じて遊ばん」と言ひ送りければ、   猿の尻木がらし知らぬ紅葉かな 使(つかひ)取りて出でしを、また呼び戻し、「児たちもゐ給はんや」。「なかなか」と言ふに、「猿の面(つら)」と直されし((「直されし」は底本「なをたれし」。諸本により訂正。)) 沢庵、堺にて冬の当座、   猿の尻ぬらすや時雨松ふぐり [[n_sesuisho8-013|<>]] ===== 翻刻 ===== 一 宗長(さうちやう)紫野(むらさきの)に居住(きよちう)の時延暦寺(ゑんりやくし)なる知音(ちいん)の   坊(はう)より人を出し俳諧(はいかい)の発句(ほつく)望(のそ)み候此夕   夜咄(はなし)にたより我人案してあそばんといひ   送りけれは    猿(さる)の尻(しり)木からししらぬ紅葉かな   使とりて出しを又よひ戻し児達もゐたま/n8-8l   はんや中々といふに猿のつらとなをたれし   沢庵(たくあん)境(さかひ)にて冬の当座(たうさ)    猿の尻ぬらすや時雨松ふくり/n8-9r