[[index.html|醒睡笑]] 巻6 悋気
====== 1 夫婦もろ白髪まで添ひたりし祖父先に立ち朝一片の雲とのぼる・・・ ======
===== 校訂本文 =====
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二人寝て見るとも船は狭(せば)からじ夢を乗せじと荒き浪かな((この歌、後の話の前にあり、説話とは無関係。))
夫婦もろ白髪(しらが)まで添ひたりし、祖父(おほぢ)先に立ち、朝一片の雲とのぼる。篠(ささ)の一夜とて、唐土(もろこし)の帝には三千の后あり。夕になれば、羊の車に召され、かれが行き止まる局の前に降りさせ給ひ、比翼連理の語らひあり。されば、「羊は篠を好みて食す。わがもとにやとどまらん」と、おのおの局のまへに篠を植ゑぬはなし((『晋書』后妃伝))。「竹葉羊車過別院。今宵空聴半夜鐘。(竹葉羊車別院を過ぐ。今宵空しく半夜の鐘を聴く。」と作りし詩は、この故事にてありけり。されば、君恩を受くること、わづかその篠の一夜((夜・節(よ)))を限りにて、二夜と逢はぬ中だにも、名残は思ふ習ひあり。
まして老らくの腰に梓(あづさ)の弓を張るまで添ひ馴れし仲なれば、寝て思ひ、起きてあこがれ、袖は涙に朽ち果てて、つかの間も早く終り、一つ蓮(はちす)の縁を結ばんことをのみ、くどきばかりに歎きけるを、隣の者をかしがりて、ふと姥(うば)がもとに行き、「このほどは久しや。善光寺へ参り、祖父におうて候ふは」。「さて、いかなるありさまや」と問ふ。「そのことよ。三途河の姥((奪衣婆))と夫婦(めをと)になり、やくたいもなき浮世狂ひや」と言ふ。
姥、たちまちに気色変はり、杖を持ちて十王堂に走り、「あら憎(にく)のうばが、人の男を取りたるや」と、木に作りたる形をさへ叩きて、恨み恨みて叩きごとは。
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===== 翻刻 =====
悋気
ふたりねて見るとも船はせばからし
夢をのせしとあらき浪かな
一 夫婦もろしらがまてそひたりし祖父先にたち
朝一片の雲とのほる篠の一夜とてもろこ
しの帝には三千の后あり夕になれは羊の車
にめされかれが行とまる局の前におりさせ
給ひ比翼連理のかたらひありされは羊は
篠をこのみて食すわかもとにやととまらん/n6-34l
とをのをの局のまへに篠をうへぬはなし竹葉
羊車過別院今宵空聴半夜鐘と作りし
詩は此古事にてありけりされは君恩をう
くる事わつか其篠の一夜をかぎりにて二夜
とあはぬ中たにも名残は思ふ習ありまして
老らくの腰に梓の弓をはるまでそひ馴し中な
れはねて思ひおきてあこかれ袖は涙にくち果て
つかのまもはやくをはり一つはちすのえんをむす
はん事をのみくどきばかりに歎けるをとなりの者/n6-35r
おかしかりてふとむばがもとに行此程は久しや
善光寺へ参り祖父におふて候はさていかな
るありさまやととふ其事よ三途河の姥と
めをとになりやくたいもなき浮世くるひやとい
ふ姥忽にけしきかはり杖を持て十王堂にはしり
あらにくのむはが人の男を取たるやと木につく
りたるかたちをさへたたきてうらみうらみてたたきことは/n6-35l