[[index.html|醒睡笑]] 巻5 上戸 ====== 1-o ====== ===== 校訂本文 ===== [[n_sesuisho5-043n|<>]] 俗云はく「『諸悪莫作、衆善奉行』とは七仏の通戒なり。その禁(いましめ)に浅深有るべし。殺・盗・媱(えう)・妄は性戒(しやうかい)なれな過重なり。飲酒、遮戒(しやかい)にて過軽ななり。譬へば漢土の法令に、罪の多生に因つて笞・杖・徒・流・死の五誅有るがごとし。重過の上の重過にても、飲むべし。酒、軽罪なるは、万歳千秋、順風に帆を挙げたり。五湖の大浪は銀山の如く、満船酒を載せて鼓を搥(うち)て過ぐといへども、異曲同工なる哉。八月九月、人は長夜に苦しむ。酒宴に臨む者、漏声の迭(たがひ)に移ることを覚えず。謂ふ莫かれ、「秋宵は唯一人の為に長し」と。子瞻(しせん)((蘇軾))云はく、『洞簫声断月明中、惟憂月落酒盃空(洞簫声断ゆ月明の中、惟憂ふ月落ちて酒盃の空(むな)しきを。)』と。また四時に宜きは酒なり。春は花亭に我酔ひて残春を送り、夏は竹葉の酒を酌み暑を掃きて凉を迎へ、秋は林間に酒を煖(あたた)めて紅葉を焼き、冬は『数盃温酎雪中春(数盃の温酎は雪中の春)((白居易『白楽天詩集』17))』と吟ぜん心の懐しさよ。郭弘は漢帝の為寵愛せられ、帝問ひて云はく、『卿を郡邑に封ぜんと欲す。何れの地か好(よ)き」。弘、酒を好む。対へて曰はく、「若し酒泉郡に封ぜられなば、実(まこと)に望外((「望外」は底本「坐外」。))に出づ』と。果して酒泉郡に封ぜらる。郭弘が上戸なり。故に望み((「望」は底本「坐」。))足りて酒泉郡主と成る。宝禄千に槌一つの手柄なる哉。下戸の徳より寵に被たる謨(ためし)有や」。 僧云はく、「三十六失の第二に、現に疾病多きの過(とが)を出だせり。十種の嘉名有りといへども、過以て毒とす。実に酒損と云ひ、内損と云ふの類なり。『曹表抄』に、『酒是為用薬何飲酔成病。(酒はこれ用薬為り。何ず飲酔して病を成さん)』と。心法には、酒の性は昇るを善(この)む。気は必ずこれに随ふ。痰は上に鬱((「鬱」は底本「爵」。))し、溺は下に渋し、肺賊邪を受く。しかのみならず、宝鑑の四に、『此蓋(これけだ)し((「蓋」は底本「盡」。))已むことを得ずしてこれに用ゐるに、豈に此薬を持頼して、日々酒を飲むべけんや。酒は火を助け、痰を生じ、肺気傷つく』と。」 [[n_sesuisho5-043n|<>]] ===== 翻刻 ===== 必矣俗云諸悪莫作衆善奉行ト七仏ノ通戒也其禁メニ可有 浅深殺盗媱妄ハ性戒ナレハ過重(也)飲酒遮戒ニテ過軽ニ譬ヘハ漢土ノ法 令因罪多生ニ如有笞杖徒流死ノ五誅重過ノ上ノ重過ニテモ/n5-34l 可飲ム酒軽罪ナルハ万歳千秋順風ニ挙タリ帆ヲ五湖ノ大浪如 銀山満船載テ酒搥(ウテ)鼓ヲ過クト云トモ異曲同工ナル哉八月九月人 苦長夜ニ臨酒宴者不覚漏声ノ迭(タカイニ)移ルコトヲ莫謂秋宵ハ唯 為ニ一人長ト子瞻云洞簫声断フ月明中チ惟憂月落テ 酒盃ノ空ヲ又宜四時ニ者酒也春者花亭ニ我酔テ送残春ヲ 夏者酌ミ竹葉酒ヲ掃テ暑迎ヘ凉秋者林間煖酒焼紅葉 冬者数盃ノ温酎ハ雪中ノ春ト吟セン心ノ懐サヨ郭弘為漢帝ノ 寵愛セラレ帝問云欲封卿ナシト郡邑ニ何ノ地カ好キ弘好酒ヲ対曰若 封酒泉郡実ニ出坐外ニ果シテ封セラル酒泉郡郭弘カ上戸故坐/n5-35r 足成酒泉郡主ト宝禄千ニ槌一ノ手柄ナル哉下戸ノ徳ヨリ被タル 寵ニ謨(タメシ)有乎僧云卅六失ノ第二現多疾病過ヲ出セリ雖有 十種ノ嘉名以過為毒実云酒損ト云内損之類也曹表 抄ニ酒是為用薬何飲酔成病心法ニハ酒性善ム升ルヲ気必 随之痰爵上ニ溺渋於下ニ肺受賊邪ヲ加之宝鑑四ニ此尽ル不 得已コトヲ而用ニ之豈可ンヤ持頼シテ此薬ヲ日々飲ム酒乎酒ハ助火生 痰傷肺気ト俗云夫レ五温仮和合ノ身従来病器也六因/n5-35l